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第104回 ─ 失恋の痛みを作品へと昇華したエイミー・ワインハウス

連載
久保憲司のロック千夜一夜
公開
2008/01/17   20:00
テキスト
文/久保 憲司

「NME」「MELODY MARKER」「Rockin' on」「CROSSBEAT」など、国内外問わず数多くの音楽誌でロック・フォトグラファーとして活躍、さらにロック・ジャーナリストとしての顔も持つ〈現場の人〉久保憲司氏が、ロック名盤を自身の体験と共に振り返る隔週コラム。今回は、その歌声はもちろん、数々のスキャンダラスな言動でも注目を集め続ける人気シンガー、エイミー・ワインハウスについて。

 インターネットって面白いですよね、昔の記事も普通に読めて。ぼくが98年に出した写真集を、〈SMASHING MAG〉の花房浩一さんが宣伝してくれている記事があった。〈久保憲司は僕にとって、83年くらいのロンドンの情報源のような人物であった。ちなみに、後の日本に大きな影響を与えることになったロンドンのクラブ取材は彼のアドヴァイスから発展したもの〉なんて書いてくれている。嬉しいですね。

83年って、ぼく19歳ですよ。ジャパニーズ・スーパーマーケットで働きながら、毎夜遊んでいただけのガキの意見を聞いてくれていたというのが何か嬉しい。しかもそれが日本のクラブ・シーンに影響を与えたなんて。

ぼくは〈クラブ・ヴィーナス〉というパーティーで日本のテクノ・シーンには多大な影響を与えたとは思ってたのですが、その前にも与えていたとは。全然憶えてないんですが、たぶん、ジャズで踊るのが新しいとか、レア・グルーヴが凄いとか、そんな状況を教えたんじゃないかと思います。

  後のアシッド・ジャズにもつながる〈ジャズで踊る〉というシーンは、マルコム・マクラーレンから聞いた話だった。マルコムが「カムデン・タウンのエレクトリック・ボールルームで、1500人くらいの人がジャズで踊っているパーティーが毎週あって、凄いぞ」と。それで見にいったら本当に凄かった。

そこにはジャイルズ・ピーターソンもいたけど、まだセカンド・ルームの見習いDJという感じで、パーティーの中心はポール・マーフィーというDJだった。懐かしいな。25年近く前の話だけど、今でもこのパーティーの熱気を思い出せる。

でも、もっと凄いのは、まだイギリスのどこかで、こんなパーティーが開かれているということだ。エイミー・ワインハウスもそんな場所から出て来た。というか、こんなアンダーグラウド・シーンから、アメリカのシーンまで揺るがす本物がついに出て来たことをぼくはうれしく思う。

  今までも、カーメル、アン・ピガール、ワーキング・ウィーク、スウィング・アウト・シスター、マット・ビアンコなどなど、UKのクラブから世界へ進出したアーティストは色々いたけど、流行に乗ったりすることよりも、自分の全てを曝け出す本当のシンガー・ソング・ライターが出て来たのだ。

いまの歌は答えが多過ぎると思う。でも間違っているかもしれないことを歌うのも歌だと思う。エイミー・ワインハウスの歌はまさにそんな感じだ。彼女の大ヒット・ナンバー“Rehab”は、アルコール中毒の更生施設に入るかどうか、揉めている日々のことを歌にしただけだけど、こんなにもたくさんの人を惹き付けるのは、そこには答えはないけど、真実があるからだと思う。また失恋して、更生施設に送られるかもしれない、でも……。ぼくたちはロック・スターの声を、神の声のように聞きたいんじゃない、同じ人間として聞きたいのだ。

  今回デラックス版がリリースされる『Back To Black』は、彼女の失恋の痛手が作ったアルバムだ。それを見事に彼女は歌にしている。彼女が本当はどんな人かぼくは分からない。でも女の人が恋の前にどう揺れ動くのか、このアルバムに入っている曲を歌詞カード見ながらみていると本当によく分かるんだよな。ぼくは、恋なんかに悩んでバカみたいと思うタイプなんだけど、彼女の歌を聴いていると、「恋こそ全てなのよ」という魔法をかけられて、彼女の心の動きを自分に置き換えて、自分まで心揺さぶられる気持ちになるんだよな。でもこれが歌なんだと思うんだけど。

なぜ、エイミーはこんなことが出来るのか? 歌のために彼女の人生をすべて捧げているからか、それとも持って生まれた才能なのか。レコード会社のA&Rでさえ「次のアルバムを作るために、彼女はまた失恋しなければならないのか!?」と言っていたくらい、それは誰にも分からないことだけど、このデラックス・エディションをすべてチェックしたら、彼女に夢中になるのは間違いない。本当に凄いシンガーが出て来た。