続々とリイシューされる幻の名盤や秘宝CDの数々──それらが織り成す迷宮世界をご案内しよう!
〈居酒屋れいら〉に若者が入ってきて騒がしくなったので店を後にした。私は内山田百聞。売れない三文作家であるが、道楽のリイシュー盤収集にばかり興じているゆえ、周りからは〈再発先生〉などと呼ばれている。そのあだ名を自分でもまんざら悪くないと思っているから始末に負えないのだが……。
さて、それは店を出た直後のことだった。酔い覚ましに背伸びをひとつしようとした私は、突然何事かの衝撃を身体に喰らって、もんどり打つように転倒してしまった。すぐに立ち上がろうとすると、傍らに小さな少年が倒れている。ハハァ、この子が慌ててぶつかってきたのだな……。少年は右手に風呂敷包みのようなものを握りしめていたが、そこから数枚のCDがはみ出して散らばっていた。
おお! 珍妙で可愛い虫声が婦女子に大人気のアニメ・キャラクター、チップマンクスが唄う『Chipmunks Sing The Beatles Hits』(Capitol)とはいかにも子供らしくて微笑ましい。
無垢で美しいソフト・ロックの名グループ、パレードの『Sunshine Girl:The Complete Recordings』(Cherry Red/New Sounds)も前途ある若者にこそ相応しい一枚だ。
ん? ヴァン・ヘイレン『1984』(Warner Bros./ワーナー)の紙ジャケ!? ああ、なるほど、なるほど。ジャケットの赤ちゃんに魅かれて買ったのだな。
んん? 元クリームのベーシスト、ジャック・ブルースのBBC音源を集めた3枚組の『Spirit:Live At The BBC 71-78』(Polydor)だって!? 確かに格好良いが、いくら何でも渋すぎはしないか。往年のCharのように早熟な少年なのだろうか……。
んんんっ? 第1期ディープ・パープルを脱退したニック・シンパーが結成したハード・ロック・バンド、ウォーホースの70年作『Warhorse』(Vertigo/エアー・メイル)!? こ、こんな重箱の隅を突つくようなセレクトは、あきらかに子供の趣味ではない……!!
恐る恐る少年のほうへ目を向けると、彼はすでに立ち上がって服の埃を払っていた。私の胸にも届かないような身長、しかしその顔はまぎれもない50歳前後のオヤジそのものだった!
「ぶつかっちゃって、めんごめんご!」
まさにチップマンクスが憑依したかのような異様に甲高い声で謝罪(死語入り)をすると、彼はそそくさと散乱したCDを掻き集めて、ふたたび小走りで夜の薄闇へと駆けて行ったのだった……。