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第114回 ─ クリスタル・キャッスルズたちが取り戻したパンク直後の自由な空気

連載
久保憲司のロック千夜一夜
公開
2008/06/05   18:00
更新
2008/06/05   18:12
テキスト
文/久保 憲司

「NME」「MELODY MARKER」「Rockin' on」「CROSSBEAT」など、国内外問わず数多くの音楽誌でロック・フォトグラファーとして活躍、さらにロック・ジャーナリストとしての顔も持つ〈現場の人〉久保憲司氏が、ロック名盤を自身の体験と共に振り返る隔週コラム。今回は、カナダのエレクトロ・デュオ、クリスタル・キャッスルズと、NYの4人組バンド、ヴァンパイア・ウィークエンドについて。

 2006年からイギリスのブライトンで始まった〈Great Escape〉という三日間のフェスは、アメリカの〈SXSW(サウス・バイ・サウスウエスト)〉のように、ひとつの町のいろんなライヴハウスで、いろんなライヴが見れる。今年の〈Great Escape〉の一番の人気はクリスタル・キャッスルズとヴァンパイア・ウィークエンドだったみたいだ。行きたかったな。

  それにぼくの大好きなレッツ・レッスルというバンドも出てた。〈プロレスしよう〉というどうしようもないバンド名ですが、このバンドは要チェックですよ。

音はモロにモダン・ラヴァーズなんですが、というか、あのモダン・ラヴァーズの感じをやれるバンドがついに出てきたというのは涙です。ヴォーカル/ギターのウエスレイ・パトリック・ゴンザレスの、まるでジョナサン・リッチマンな「1、2、3、4」というカウントの声には体が震えます。でも彼らのMySpaceを見ると、好きなバンドにはモダン・ラヴァーズの名前は一切なくて、一番最初に書いてあるのがサブウェイ・セクト。みなさん、サブウェイ・セクトを知っていますか? 世界一かっこいいパンク・バンドです。マーク・スチュアートも、影響を受けたパンク・バンドはサブウェイ・セクトだけだと口が酸っぱくなるくらい言ってます。

ああ、行きたかったな、〈Great Escape〉。でも海外に行くには30万くらいは必要だし、30万なんて金ないしな。来年行くためには毎月3万円貯めなあかんけど、ぼくにはそんな余裕はない。

  〈SUMMER SONIC〉にやって来るクリスタル・キャッスルズを聴いて、ぼくはいまニューウェイヴのレコードが欲しくなっている。81年くらいのエレクトロなニューウェイヴの12インチのレコードを集めたいと思っている。

初めてクリスタル・キャッスルズを聴いたときは、いまさらニューレイヴじゃないだろ、カナダの田舎者が、と思った。でも友達に「いまイギリスで売れているのは何?」と聞いたら「クリスタル・キャッスルズ」って言われて、どうしてこれが売れているんだろうと聴き直したら、全然ニューレイヴとかじゃなくて、内省的なニューウェイヴなんでびっくりしたのだ。

  初期のヒューマン・リーグとかOMDとかクロックDVAとか、そういうエレクトロなバンドを思い出した。ちょっと違うけど、何か同じ空気感を感じるのだ。この感じをやっている人たちはいなかった。リエゾン・ダンジュールズなんかの音を、ダンスの文脈でやり直してる人たちはいたけど、クリスタル・キャッスルズは、当時のあの空気感までを、あの思いまでを見事に音にしている。内省的な感じを出すために、チープなTVゲームのサウンドを使っている感じも本当にかっこいいと思う。

当時のエレクトロって、無機質な感じがかっこいいと思われているかもしれないが、ぼくには凄く肉体的でリアルなものだった。そうした音楽を、アシッド・ハウスやエクスタシーの時代を過ぎてからは内省的でうっとおしいと思っていたけど、クリスタル・キャッスルズを聴いたら、またこの辺の音が新鮮に輝きだしたのだ。

  ヴァンパイア・ウィークエンドにも同じようなことを思う。何でいまごろリンガラ・ポップなんだと思うけど、凄く新鮮に感じる。

ヴァンパイア・ウィークエンドやクリスタル・キャッスルズを聴いていると、パンク直後の、いろんな人たちがいろんな音楽をやっていた81年頃の自由な感じがするんだよな。ブルー・ロンド・ア・ラ・ターク、ヘアカット100、ピッグバッグ……81年頃のバンドは、みんなアフリカンな要素を取り入れたりとワールドワイドな音楽をやっていた。とにかくみんな自由だったな。その感じがぼくは戻ってきているような気がする。

アシッド・ハウスが始まって、みんなエクスタシーをやって、エクスタシーに飽きて、今度はコカインをやりだして、みんなエゴの固まりになって。その後クラブ・ミュージックも商業化して、スーパー・クラブとかスーパーDJとかそんな話題ばっかりになった。それもミレニウムを過ぎた頃から終息して、どうなるんだろうなと思っていたら、イギリスの若者はまたギターを持ち出して、いろいろなことを歌いだした。

そんなのもいつまで続くんだろうなと思っていたら、またラップトップ・ミュージックも復活して、シーンは多様化してきた。この感じが、パンク直後の感じに似ているなと思う。

日本にはまだ、この空気感は入ってきてないかもしれないけど、パンク直後の時代もそうだった。DCブランドを着たオシャレな人たちが何もわからず聴いていただけだったもんな。カフェ・バーというのが流行って、そこでウーロン茶を飲むのが流行っていた時代。バカな時代だったと思う。それに比べたら、いまはフェスとかでいろんなバンドが見れて、それが本物かニセモノか、自分で確認出来る時代になった。でもぼくは本物かニセモノかなんてどうでもいい。一瞬でも面白い音を、面白い考えを見せてくれたらそれでいい。そういうのに出会えると思って、このネットの時代でも、ぼくはレコード屋に行くのだ。