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第1回 ─ 凛として時雨

連載
bounce.com EXTRA
公開
2008/12/25   18:00
更新
2008/12/25   19:49
テキスト
文/土田 真弓

 いまや新世代のカリスマ・バンドへと成長した男女3人組が、視覚と聴覚のシンクロナイズに挑んだ超大作シングルを発表した。新たな〈攻撃性〉を表現した本作のなかに広がるのは、記憶の断片が散りばめられたアンビエントな静寂。主観と対象が曖昧になる、シームレスな音像。もの哀しくも美しい、壮大なるグレイの世界――。

  収録曲は1曲。トータル16分50秒の2部構成。ソングライターのTKが撮影したロンドンの風景写真から成る全48ページのブックレット付き。そして、視覚と聴覚のシンクロナイズによって、より豊かな音楽表現を図るというコンセプト――。徐々にあきらかとなる規格外の情報をもとに、さまざまな憶測が飛び交っていた凛として時雨のニュー・シングル“moment A rhythm”。

 「攻撃的な音とスピードで感情を刺激するものではなくて、もっと内側に入り込んで意識をどこかに飛ばしてしまうような、いままでとは違う〈攻撃性〉を表現したい」。

 媒体用の資料においてTKはこう語っているが、確かに本作のなかにはいわゆる時雨らしさ――凄まじい音圧でビリビリと空気を振動させる轟音や、聴き手の意識を翻弄するプログレッシヴな曲展開、暴力的にカタルシスを引き寄せるアグレッシヴな音像――などは見当たらない。あるのは、遠い記憶のさらに奥深くへと潜り込んでいくような、深遠なる静寂だ。

 メランコリックに刻まれるギターのアルペジオ。独白のように密やかなTKのヴォーカル。内なる激しさを押し殺すように、重く、淡々とボトムを支える345のベースと、ピエール中野のドラム。クライマックスではギターが言葉にならない咆哮を上げるが、それも一瞬のうちに揺らめくディレイに掻き消され、とりとめのない思考はそのままアウトロへと導かれてゆく。


  TKの解説によると回想パートにあたる後半部分は、記憶の巻き戻し=テープを逆回転する作業から始まる。アトモスフェリックに浮遊するサウンドのなかで、強いリヴァーヴを纏いながらも辛うじてメロディーの役割を果たしている――音の輪郭を保っているアコースティック・ギターのセンシティヴな響き。ただひたすらにワン・フレーズを紡ぎ続けるその音色は、〈僕〉が狂おしく追い求める〈誰にも届かない景色〉に到達するための唯一の道標であるかのように、ひどくアンニュイでありながら、どこかノスタルジックな印象も残す。

 いま、目の前にあったはずの〈瞬間〉が時間の経過と共に〈記憶〉に変わる。さらに年月を重ねることで曖昧になってゆく記憶は、やがて〈イメージ〉へと変容する。このアウトロには雑踏や携帯の効果音、歌詞の一部などが多くサンプリングされているが、霧深いエコーの彼方で漂うそれらの音の断片は、まるで記憶の残像のように、聴き手のイマジネーションを淡やかに掻き立てる。

 ノンフィクションである〈いま、この瞬間〉とフィクションとしての〈イメージ〉、そして、その狭間にある〈記憶〉。それらが等しく存在する凛として時雨の音世界のなかでは、〈僕〉も〈君〉も常に〈共振するフレーズ〉に包み込まれており、その境界は曖昧だ。そして、そのボーダーをもっともシームレスに表現した作品が、本作ではないだろうか。

 心臓の鼓動すらはっきりと聞こえるほどの静寂に耳を傾ければ、意識は瞬時に想像の彼方へと飛ぶ。そこに広がっているのは、ロンドンの街並みを覆う曇天の空にも似た、もの哀しくも美しい、壮大なるグレイの世界だ。

▼凛として時雨の作品を紹介

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