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第131回 ─ 初期のヘタウマ・ファンクを取り戻したア・サーティン・レイシオ

連載
久保憲司のロック千夜一夜
公開
2009/02/05   13:00
更新
2009/02/05   18:04
テキスト
文/久保 憲司

 「NME」「MELODY MARKER」「Rockin' on」「CROSSBEAT」など、国内外問わず数多くの音楽誌でロック・フォトグラファーとして活躍、さらにロック・ジャーナリストとしての顔も持つ〈現場の人〉久保憲司氏が、ロック名盤を自身の体験と共に振り返る隔週コラム。今回は、マンチェスター発のポスト・パンク・バンド、ア・サーティン・レイシオの11年ぶりとなる新作『Mind Made Up』について。

  ア・サーティン・レイシオ(以下、ACR)の11年ぶりのアルバム『Mind Made Up』が、『To Each...』『Sextet』といったアルバムや、“Shack Up”“Du The Du”“Flight”といった曲なんかの初期ACRを思い出す感じですごくいい。まだサイモン・トッピングが歌っていた頃の、ポスト・パンク~パンク・ファンク~コールドウェイヴ期のACR。

ぼくがACRのライヴに行けるようになった頃には、ライヴの最後の方でドラムのドナルド・ジョンソンがドラムからベースにスイッチして歌い出したりしていたんだけど、そうすると本当にただのフュージョン・バンドみたいだったもんな。「本物を一生懸命やられても仕方がないのにな」とよく思っていたので、このヘタウマ・ファンクでの復活はとっても嬉しい。

  11年前の前作『Change The Station』も、新作とあまり変わらないと言えば変わらないんだけど、あれはやっぱり当時のダンス・ミュージック・シーンの盛り上がりから生まれたアルバムで、デジタルな感じがする。89年にリリースされた『Good Together』はマッドチェスターな感じで、その前の86年にリリースされた『Force』はアシッド・ハウス前夜の変な感じ。ちょっとボディー・ミュージックとか、ニュー・ビートな感じ? ACRも時代と共に変わっていっているんだよな。ぼくはこの辺の時期にリリースされた12インチ“Wild Party/Sounds Like Something Dirty”のハードなファンクも大好きです。
 
とにかく、『Mind Made Up』は初期の何とも言えない感じが戻ってきているのです。まさにいまの時代の音なのです。オッサンがやっているんですけどね。

  しかし、ACRって謎のバンドだよな。バンド名は、ブライアン・イーノの『Taking Tiger Mountain(By Strategy)』に収められてる“The True Wheel”の一節から取られている。この曲は、ヒトラーが、ユダヤ人の血がどれだけ入っているかによって人々を分類したことについて歌っているそうで、衝撃的な曲だよな。前に紹介させてもらったブライアン・イーノのスーパー・バンド、801のバンド名もこの曲の〈俺たちは801〉ってフレーズから取っているらしい。

ジョイ・ディヴィジョンやニュー・オーダーといい、そしてこのACRといい、何故みんなナチ関係の名前を使いたがるんだろう。その元を辿ると、この前紹介したルー・リードの『Berlin』やデヴィッド・ボウイ辺りなんだろう。ボウイなどは、ビクトリア駅で、あのヒトラーのポーズをとって大変なことになったことがある。ボウイは全体主義に対する幻想があったみたいだけどね。

ボウイは「こん棒だとひとりずつ殴っていかないと駄目だけど、ロックンロールならギターをかき鳴らせば、一度に何万人もの人を目覚めさせることが出来る」と言い、ヒッピーがひとりひとりの自由と言いながら、何も出来なかったことにいら立ちを覚えていた。だから、彼が全体主義にある種の幻想を抱いていたのはよく分かる。パンクはそんなボウイを通過して、みんなが毛嫌いするものということで、ナチ的なイメージを採り入れていったのかもしれない。

  それにしても、好きなバンドでも、いまだに知らないことって多いよね。例えば、ACRとESGの関係。昔はACRとかニュー・オーダーって、ニューヨークのESGやリキッド・リキッドをパクっているのかなと思っていた。でも、ESGの“Moody”“UFO”“You're No Good”といった名曲は、ACRがESGをマンチェスターに呼んで、ACRのスタジオを自由に使わせたことから生まれたという説もあるみたいなのだ。一体どうなってるんでしょうね。

これって、デトロイト・テクノのグループであるインナー・シティーがイギリスに呼ばれて、そこで大ブレイクした感じと似ているかもしれない。彼らの大ヒット曲“Big Fun”と“Good Life”は、元々はインスト曲で、イギリスのレコード会社が勝手に歌を入れて作り直したという噂もあるんだよな。

  デトロイトとイギリスの関係についてのエピソードと言えば、87~88年頃のニュー・ミュージック・セミナーで、ACRのマネージャーにしてファクトリー・レコードのオーナーのトニー・ウィルソンが 「イギリス人がいなければ、アメリカのアンダーグラウンドな音楽はメジャーな存在になることが出来ない」といって、デトロイト・テクノのデリック・メイと大げんかした……なんてものもあった。これも、ACRとESGの話と似ている。ACRは、アメリカのアンダーグラウドな音楽をイギリスに橋渡しする、先駆け的な存在だったのかもしれない。

そう考えると、ACRはこれから、 ニュー・オーダー以上に重要なバンドと評価されていくのかもしれない。ACRに一番最初に興味を示したのはポップ・グループのマーク・スチュワートだし、みなさん要チェックですよ。過去の話ですけど。