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第137回 ─ 真のイギリス的なものを探し求めるグレアム・コクソン

連載
久保憲司のロック千夜一夜
公開
2009/04/30   16:00
更新
2009/04/30   18:27
テキスト
文/久保 憲司

 「NME」「MELODY MARKER」「Rockin' on」「CROSSBEAT」など、国内外問わず数多くの音楽誌でロック・フォトグラファーとして活躍、さらにロック・ジャーナリストとしての顔も持つ〈現場の人〉久保憲司氏が、ロック名盤を自身の体験と共に振り返る隔週コラム。今回は、ついに再結成を発表したブラーのギタリスト、グレアム・コクソンのソロ・アルバム『The Spinning Top』について。

 同世代で一番好きなギタリスト、ブラーのグレアム・コクソン(44歳のぼくより4つ若いので、同世代と言うべきか悩むところなんだけど)。90年代半ばのブラー対オアシス事件の時は、ぼくはオアシス派だったとは言え、凄く心が痛んだ。

  グレアムは本当にいいギターを弾く。ライヴでグレアムのアンプから湧き出てくるギターの音、フレーズを聴いているだけでぼくは楽しくなる。特に、初期の“There's No Other Way”や“She's So High”のサイケなギターなんかは大好きだ。“There's No Other Way”は素人っぽいと言うか、「いいギター・リフが出来たよ」とバンドのメンバーに初披露したのがそのまま曲になったような曲だけど、何か惹き付けられるものがある。

  グレアムのギターにはそういうところがあると思う。アルバム『Blur』の名曲“Song 2”のあのギター・カッティング、あの音色、嫌いな人はいないでしょう。一度聴いたら心が躍るというか。だから“Song 2”のあのギターは、アメリカのローファイに影響されて生まれたものかもしれないけれど、サンプリングされまくってクラブ・クラシックにもなった。

  そして、“Song 2”に負けないくらいかっこいい名曲“Pop Scene”。オリジナル・アルバムには入ってない、90年代初頭のイギリスの音楽シーンにいら立ちと怒りを表明した曲ですけど、この曲の暴走する感じは完全にグレアムのギターが引っ張っていっている。売れなくて、不安定だったこの頃のブラーは、実はどんな時期のブラーよりかっこよかったんです。それは、ソニック・ユースが『Daydream Nation』の“Teenage Riot”で見せたような感じに行くのか、ついにイギリスからソニック・ユースへの返答バンドが生まれるのかなと思わせる感じだったんです。でも、結局はもっとポップな方向に行きましけど。売れないと本当に契約を切られてましたから、ポップに進んだデーモン・アルバーンの気持ちもよく分かるんですが。

この時期のボタンの掛け違いが、後のグレアム脱退に繋がったんだろうなとぼくは思っています。ポップに進んだ結果、ブリット・ポップの中心バンドから、英国の国家的ブランド戦略であるクール・ブリタリアの代表となったような、あの英国的な展開というのは、本当のサイケ、本当のイギリス的なものを探し求めているように見えたグレアムにとっては、納得が行かないものだったんだろうなと思います。

そして、一番の決定的な仲違いとなったのがデーモンのワールド・ミュージックの採り入れ方だったんだろうなと思います。グレアムにとっては、おいおいイギリスにこそ、ぼくたちが追い求めなければならないワールド・ミュージックがあるだろうということだったんじゃないでしょうか。

でも、また仲直りしたみたいでよかったですね。今回のブラーの再結成はライヴだけで、新作の予定はないそうですが、リハーサルしているうちに考えも変わるかもしれません。

  でも、当面は、グレアムは自分の道を歩んで行くよという感じなのでしょう。この7枚目のソロ・アルバム『The Spinning Top』を聴くと、まさにそんな感じです。ペンタングルのオリジナル・メンバー、バート・ヤンシュのようなアコースティック・アルバム。グレアムの頼りないというか、何と言ったらいいのかよく分からないあの声と、実にマッチしたアルバムです。

レッド・ツェッペリンのジミー・ペイジもバート・ヤンシュの大ファンだったんですけど、60年代にバート・ヤンシュのアルバムを聴いた彼の「どんなギタリストよりも先を言っている。どんなアメリカ人のプレイヤーだって手が届かない」という発言が、グレアムの気持ちを見事に代弁してくれていると思います。アメリカのルーツ・ミュージックが一番凄いと考え、それをお手本に自分たちの音楽を作ってきたのに、自分たちの生まれ育った英国にアメリカのルーツ・ミュージックの元があって、しかも、それがもっと濃厚だったというのは衝撃だったんだろうなと思います。

  しかし、ジョニー・マー、バーナード・バトラー、ピート・ドハーティーと、本当にみなさん、バート・ヤンシュのギターが好きですよね。こういうのって、60年代に終わるのかなと思っても、いつまでも永遠に続いていくんですね。

ぼくもマーチンの〈00-28〉という小ぶりなギターを座って弾く(グレアムも同じアコギを弾いてます)バート・ヤンシュを見ていると本当にかっこいいなと思います。後、ペンタングルが共同生活していた60年代のロンドンのセント・ジョンズ・ウッドの感じとかに憧れます。ぼくは80年代のセント・ジョンズ・ウッドしか知らないけど、あの場所のことを思い出すと、あのペンタグルの音楽があそこから生まれんだというのは凄く理解出来る気がします。

でも正直なところ、バート・ヤンシュのギター・プレイや歌の何が本当に凄いのかを、ぼくはよく分かっていないんだな、とも思います。ギターは彼独自のチューニングなんで、あんまりコピーしようと思わないですし、まだどういうことを歌っているのかも理解出来ていないですし。でも、凄く重要な音楽だというのは分かるのです。ぼくはこのグレアムのソロを聴きながら、ちょっとずつバート・ヤンシュの音楽に近づいていきたいなと思っています。