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第142回 ─ ディアハンターの音楽とアメリカ文学に共通するもの

連載
久保憲司のロック千夜一夜
公開
2009/07/08   16:00
更新
2009/07/08   18:02
テキスト
文/久保 憲司

「NME」「MELODY MARKER」「Rockin' on」「CROSSBEAT」など、国内外問わず数多くの音楽誌でロック・フォトグラファーとして活躍、さらにロック・ジャーナリストとしての顔も持つ〈現場の人〉久保憲司氏が、ロック名盤を自身の体験と共に振り返る隔週コラム。今回は、6月に初来日を果たし、先ごろ日本盤もリリースされたディアハンターの『Microcastle』をご紹介いたします。

  ディアハンターの来日公演では、ブラッドフォード・コックスのソロ・プロジェクト、アトラス・サウンドが前座で出たんですね(そらそうか)。テープ・ループをどうやって使ってるのか生で見たかったなぁ。しかしディアハンターは、ライヴ自体の評判はあんまり良くないみたい。バンドのメンバーが変わったばっかりだからでしょうか。YouTubeで見ると良さそうなんですけどね。

 ブラッドフォードによると、このディアハンターの新作『Microcastle』は色々な音楽をくぐり抜けた結果たどり着いたポップ・ミュージックらしいです。僕的には前作『Cryptograms』がバンドの頂点だったのかなと思っていたのですが、ポップスを作ろうとして出来たアルバムだと聞くと俄然興味が沸いてしまいます。どんなところがポップスなんだろうと、コード進行を調べるためにギターを用意したんだけど、あまりにも音がほんわかして、どこでどのコードが鳴っているのかよくわかりません。

  でも、このアルバムは歌がいいんです。2曲目の“Agoraphobia(邦題:広場恐怖症)”なんか素晴らしいですね。ブラッドフォードの書く歌詞(〈広場恐怖症〉は相棒のロケットが歌っているんで、ロケットの歌詞かもしれませんが……)は、シンプルだけどグッときます。〈夢を見た。僕はもう自由じゃないんだと 一日に食事を2回与えてくれ、僕は消え去りたい〉。広場恐怖症という精神疾患で、こんなに美しい歌詞が書けるなんて羨ましい。CDを買った人は、全部の歌詞をチェックしてみてください。

 ラモーンズにも〈お前とは歩きたくないんだ〉というフレーズを延々と歌っているだけのシンプルな曲があるんですけど、その曲を聴くと、いきなり棒で頭をどつかれたみたいにガーンとくるんです。ディアハンターの歌詞を読むと、その感じと似ているような気がします。どこにも行けないけど、現状で満たされているような諦めのムードが近いのかな。もちろんラモーンズの曲には〈家に帰る途中に悪ガキが立っている、さぁどうする〉みたいな歌もあるけど。

  ジョーイ・ラモーンもブラッドフォードも同じ先天性遺伝子の病気、マルファン症候群を持っているからかもしれない。もちろん、ラモーンズの歌詞はディー・ディー・ラモーンがほとんど書いていたから、ジョーイの病気とは関係ないのかもしれないけど。でもラモーンズから感じる寂しさとは何なんだろうと僕は思う。ジョーイの病気や、満たされなかった彼の恋愛、そしてディー・ディーのドラッグ中毒が関係しているのかな。僕がブラッドフォードに電話インタビューした時、病気のことや彼がゲイを公言していることを訊きたかったけど、でもやっぱりこういうことは電話で初対面で訊くようなことじゃないと思ったから訊かなかった。

  それに僕がディアハンターの歌を聴いていいなと思うのは、そういうことじゃなく、何かいい小説を読んでいるような気にさせてくれるから。僕にとっていい小説とはメッセージがあるとか、理由があるとか、結論があるとか、そういうことじゃない。真理のようなことが、淡々と綴られているような物語が好きだから。僕はアメリカ文学の現在の最高峰がなぜポール・オースターなのか、トマス・ピンチョンなのか、カート・ヴォネガットなのかよくわからないように、ディアハンターのことがよくわからない。でもディアハンターは間違いなく、現在のアメリカン・ロックの最高峰のような気がする。ピッチフォークのようなメディアがディアハンターを評価するのはそういうことなんだと思う。ラモーンズがイギリス・パンクの発火点になったように、ディアハンターが新しいロックの発火点になるのか、僕はわからないんだけど。ブラッドフォードのシンプルな歌詞と、今までのすべての音楽を寄せ集めたようなサウンドを聴いていると、ぼくはここから始めないとならないんじゃないかという気になるのだ。そういう所がぼくがディアハンターを好きな理由なのだ。