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第5回――羅針盤

連載
その時 歴史は動いた
公開
2009/07/22   18:00
ソース
『bounce』 312号(2009/7/25)
テキスト
文/北爪 啓之




関西インディー界の超大物、JOJO広重をして〈極めつけの変人〉と言わしめた男がいる。その名は山本精一。58年に生まれ、小学生の頃からギターを弾きはじめていた早熟な天才ともいうべき彼の名が関西アンダーグラウンド・シーンに轟くようになるのは、86年に山塚アイと結成したBOREDOMSの活動からである。正真正銘フリーキーでノイジーな異色バンドとして関西、そして海外でも評価を高めていったボアにおいて、彼のジャンクなギター・サウンドは必要不可欠なものとなっていた。一方、ボアの活動と並行する形で、87年より想い出波止場をスタート。これまでに発表された計7枚の作品を俯瞰しても、アヴァンでプログレッシヴな音楽性は一筋縄ではいかない抽象度の高いものだ。

そして88年、山本はさらに別のバンドを始動させる。それこそが彼の現在までに至る広範な音楽活動のなかでもひときわ鮮烈な煌めきを放ち、ボアや波止場以上に山本のパーソナルが音楽そのものへと純粋に結晶化された唯一無比のグループ、羅針盤である。当初はひたすらギター・ソロが続くようなサイケデリックなサウンドを志向していたが、結成から9年後の97年にリリースされた初作『らご』において提示した音楽は、それまで山本の活動に注目してきたリスナーたちの予想を大きく覆すものだった。ここでついに今回の〈その時〉が訪れる。CDをプレイヤーにセットして流れるのは1曲目“永遠のうた”。冒頭のエモーショナルなギターの響きに導かれるようにして入り込んでくるのは、驚くほど柔和で朴訥とした山本の歌だ。紡ぎ出されるメロディーはひたすら美しい。以降、往年のフォーク・ロックなどにも通じる繊細なポップソングがラストまで並ぶ本作の誕生こそが、アヴァンなギタリストであり〈極めつけの変人〉と称された山本精一が内に秘めていた〈メロディアスでポップな歌〉への希求を本気で開放した瞬間だった。その後、さらにメロディーの純度を増した98年作『せいか』、より深遠な叙情世界に踏み込んだ00年作『ソングライン』といった傑作からは、めざすものはあくまでも良いメロディーであり良い歌であるという思いがひしひしと伝わってきて、感動的ですらある。メンバー・チェンジを経てリリースされた02年作『はじまり』以降もコンスタントに(それでいてどれもが趣の異なる)良質なアルバムを発表していくが、05年にドラムスのチャイナが不慮の事故で亡くなったことにより、その活動は凍結された。

羅針盤は、万華鏡的な活動を展開する山本が挑んだ歌ものへの真摯な自己追求であり、本当の意味での〈インディー・ポップ〉だった。今回SHM-CD化された初期4作品を皮切りに、羅針盤が指し示した豊潤な歌の航路をぜひとも追体験してほしい。

 

羅針盤のその時々



『らご』 GYUUNE CASSETTE/ワーナー/Pヴァイン(1997)

もとはベースの須原敬三が主宰するレーベル、GYUUNE CASSETTEから発表された作品を、リマスタリング&ジャケット変更を施して98年に再リリースされた記念すべき初作。本文でも触れた“永遠のうた”は何度聴き返してもその鮮烈な輝きに胸を打たれる、まさしく永遠の名曲だ。

 

『せいか』 ワーナー/Pヴァイン(1998)

冒頭に置かれたタイトル曲の高品位なソフト・ロックぶりに息を呑むヒマもなく、どこかネオアコのような“アコースティック”、ニューウェイヴ風の“クールダウン”と続く最初の3連打でノックアウト必至の2作目。より多彩なポップ作法を駆使してメロディーの骨子を強固にした手腕に、惚れぼれする逸品。

 

『ソングライン』 ワーナー/Pヴァイン(2000)

前2作で披露していた、あえて抑制を効かせて平坦に歌う〈フラット唱法〉を改め、淡い情感を滲ませた山本のヴォーカルが沁みる。サウンドはよりサイケデリックな奥行きを増し、静謐なリリシズムを感じさせる。それにしてもラスト・ナンバー“羅針盤”の美しさはタダゴトではない。

 

『永遠のうた/アドレナリンドライブ』 Pヴァイン

2枚のマキシ・シングルを2in1にした全6曲。アルバムとは別ヴァージョンの“永遠の歌”や、同名映画の主題歌“アドレナリンドライブ”などレアな楽曲満載だが、なかでもいちばんの目玉は羅針盤をバックに平山みきが71年の自身の名曲をセルフ・カヴァーした“真夏の出来事 '99”だろう。凄いタッグだ。

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