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第146回 ─ フィクションを赤裸々に吐露するシンガー・ソングライター、エミー・ザ・グレイト

連載
久保憲司のロック千夜一夜
公開
2009/09/02   18:00
更新
2009/09/02   19:34
テキスト
文/久保 憲司

ロック・フォトグラファーとして活躍、さらにロック・ジャーナリストとしての顔も持つ〈現場の人〉久保憲司氏が、ロック名盤を自身の体験と共に振り返る隔週コラム。今回は、生々しいフィクションを赤裸々に吐露する女性シンガー・ソングライター、エミー・ザ・グレイトについて。

  いまイギリスでいちばんおもしろいアーティストは、ジェイミーTやエミー・ザ・グレイトなどの新しいシンガー・ソングライターなのではないでしょうか? ジェイミーTなんてロックに寄ったストリーツというか、何でいまごろビリー・ブラッグなの?とビビりましたが、ひとりアークティック・モンキーズやクラッシュみたいでむちゃくちゃかっこいいです。何を歌っているのかは全然わかんないんですけど、9月7日に発売のセカンド・アルバム『Kings And Queens』が待ち遠しくって仕方がありません。ジェイミーTもエミー・ザ・グレイトもノーマン・クックのプロジェクト=BPAで知ったんですけど、ほんとあの親父はいいアーティストを見つけてくるなと思いました。ジェイミーTはそのぶっ壊れ方がいいなと思います。デビュー・アルバムの『Panic Prevention』の1曲目“Brand New Bass Guitar”なんて、〈初めて買ったベースが嬉しくって、ベースで曲を作っちゃった〉っていう感じでほとんど〈ベース漫談〉。はなわさんのような曲なんですけど、なんかグッとくるんです。そんな内容の歌詞なのかはわからないんですが。

  エミー・ザ・グレイトも、知った当初、MySpaceでチェックした時はピクシーズやアッシュの名曲を友達もいない頭のおかしい子が一人でカヴァーしてるような感じがしたので、壊れた人かなと思っていました。名前も自分から〈エミー・ザ・グレイト〉って、ヒップホップじゃあるまいし。でもなんと、ヒップホップも好きだそうです。「SNOOZER」誌によるとリル・ウェインが好きらしい……って、リル・ウェインがどういう人か僕は全然わかんないですけど、エミーちゃんの興味を惹いているということで、いまむちゃくちゃ聴きたいです。そういえば、ボブ・ディランもヒップホップが大好きですよね。

  こんな風に書いていくとエミー・ザ・グレイトってどんな人だって思われそうですけど、この彼女のデビュー・アルバムは凄い王道のシンガー・ソングライターのアルバムなので、ちょっとびっくりしました。あんまりシンガー・ソングライターのことを知らないので、例えがベタですいませんが、カーリー・サイモンやキャロル・キングな感じ。もう少しリリー・アレンやエイミー・ワインハウスのようないまのイギリスの感じを出してもいいのかな、と思ったけど、リンダ・トンプソンな感じもあるのかな? このへんも僕はよくわからないんですけど、凄く上手く韻を踏んでいるんですよね。ロンドンの大学とか行って、英文学とか専攻したらわかるようになるんですかね。わかるようになりたいよな。

 あとエミーちゃんの曲はどれも物語があるようで、どんなことを歌っているんだろうなと聴き入ってしまいます。僕の英語力ではどんなことを歌っているのかわからないので、いまアルバムの目玉曲、サミュエル・ベケットの同名小説のプロットを拝借している“First Love”をチェックしたら、なんと初めてセックスをする歌でびっくりでした。しかもレナード・コーエンの名曲“Hallelujah”を聴きながらセックスをするという。しかもその“Hallelujah”が入っているカセットテープは伸びているという。そして、その場所は屋根裏部屋という、なんか良いのか悪いのかよくわかりませんが、僕はジーンときてしまいました。

 僕も17歳から23歳くらいまでイギリスに住んでいたから、なんかこの感じがよくわかるのです。僕もイギリスで初めてセックスした時、屋根裏部屋みたいなとこでした。昔だったらお手伝いさんが住んでいたような部屋を学生さんに貸していたんですよね。僕の時はレナード・コーエンじゃなく、バウハウスだったような気がしますが。

  レナード・コーエンの“Hallelujah”の歌詞がどんなことを歌っているんだろうなと思って今回初めてチェックしたんですけど、背徳というかSMの歌なんでしょうか? ある男がある女によってキッチンの椅子に縛られ、侮辱され、髪を切られるんですが、その女は男の口からハレルヤという言葉を引き出すなんていう凄いフレーズがあってびっくりしました。それともこの男はここで殺されるんでしょうか? これは考え過ぎでしょうか? それとも〈ベイビー、僕は昔ここに来たことがある/君と出会う前、僕はここに一人で住んでいた〉というフレーズは、昔は普通のセックスをしていたけど、いまはこういうセックスをしているな、僕は年を取ったなということを言っているんでしょうか? すいません、名曲“Hallelujah”を下世話に解釈して。でもエミー・ザ・グレイトも「“First Love”はセックスの歌なんで、そこに出てくる曲として相応しいのはレナード・コーエンの“Hallelujah”でしょう」って言ってます。「ジェフ・バックリーのヴァージョンだったらセックスする気もなくなるでしょう」なんて、かっこいいことも言っています。

  エミー・ザ・グレイトやジェイミーTに匹敵する、いまのイギリスを代表するシンガー・ソングライター、ジャック・ペニャーテが、いちばん好きなシンガー・ソングライターはジェフ・バックリーって言っていたので、勉強だと思って僕は無理して聴いていたのですが、何がいいのか全然わからなかった。だけど、こうしてエミーちゃんに言われると安心しました。

 あと、エミーちゃんは「いままで本当に事実だったことを書いた曲は3曲だけよ」なんてかっこいいことを言っています。いまの僕の楽しみは、このアルバムでどれが事実なのかを見つけることです。