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映画『鉄男 THE BULLET MAN』

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公開
2010/05/14   19:20
更新
2010/05/14   19:43
ソース
intoxicate vol.85 (2010年4月20日発行)
テキスト
text:小沼純一(音楽・文芸批評家/早稲田大学教授)

こわいものみたさ、がどこかにある。

いやだな、とおもっていながら、指のあいだから「いや」なものをみてしまう、ような。

はっきり拒絶できるならいいのだけれど、妙に惹かれてしまったりするのは、如何ともしがたい。
塚本晋也の映画はまさにそうで、新作がと聞くと、からだがうぞうぞしてくる。はやく日程を調整して、とおもう。日常は雑事にまみれているから意識にのぼってこないことも多いのだが、あるとき不意に、何気ない瞬間に、ぐぅぅ、っともりあがってくるものがある。そして、その感触がそもそも塚本作品のどこかを反復していることに気づくのだ。

塚本晋也の新作『鉄男THE BULLET MAN』。

「鉄男」の二文字に反応するひとがどのくらいいるだろう。

固有名としてでありつつ、属性、というより新しい生命体としての名、それでいて、Tetsu-Otokoではなく、誰からもそう呼ばれないというのに、モノとして、ヒトとして、映画のタイトルとして、黒光りするような名、文字、TETSUO。

いや、何も知らなくたっていいのだ。この恐ろしく、不条理で、悪い夢のような、それでいて何とも蠱惑的な映画は、些末な先入観を吹き飛ばしてしまうだろう。本編71分───短いとおもうかもしれない、しれないが、この持続、「時間」は終わってみれば、というより、体験してみれば、納得がいく。

『鉄男THE BULLET MAN』はひとつのライヴだ。そこで演奏している生身のヒトはいないかもしれない。すべては録音でしかない。でも、そんなことはどうだっていい。石川忠の音楽、北田雅也の音響効果、そのタッグは、映像の動きと速度とともに、容赦なく、観ているもののあしうらから尻、背に、耳に攻撃を仕掛けてくる。動体視力が、動体聴力が試され、ときに映像はただかたまりのように視界で蠢き、サウンドはこまかな振動をとおりこして鼓膜を押しつづける。『悪夢探偵』を観たひとだったら、どれだけ音響が「こわさ」をつくっていたか記憶しているだろう。ここでは、こわさのための効果をとおりこし、映像と一体化した体験=機会となっている。

記憶の断片を文字にしてみようか。

鉄というマテリアルがヒトの身体と、ともすれば違和するとして───それでいて、カラダには鉄も含まれてはいるのだが───、二者が否応なしに混淆するイメージは、視覚面のみならず、音響面でも反復、増幅される。はじめて、からだの変化がおこるシーンでのエリック・ボシック演じるアンソニーは、そのままダンス以外の何ものでもない。これは89年『鉄男』での田口トモロヲの反復でもあろうが、こうした変身のうごきは、かつてのさまざまな映画における変身シーンを想起させつつ、同時にマイケル・ジャクソン《スリラー》さえも包摂し、眼前にたちあらわれる(そういえば『鉄男』DVDには、カットされた、襲ってくる女性のタップ・ダンス風シーンが収められていた)。

破壊すること、破壊しつづけること。終わること、終わらせること。塚本作品において、そうした還元=換言主義的なテーマは容易に発せられようが、そうしたものとあわせて、ふと、あらわれる女性について忘れてはなるまい。『鉄男THE BULLET MAN』において、主人公をめぐる金属系の黒光りと、音響的なノイズは、また、同系色の服を身につけた女性(妻役の桃生亜希子)と共鳴する。それでいて、半袖、短いスカートからはみでる腕や脚の白さは、つかのま、液体や濡れのぬる肌をきわだたせつつ、コントラストをつくりだす(92年『鉄男Ⅱ/BODY HAMMER』では、激しいサウンドに対し、妻役の藤原京が口ずさむグノー《アヴェ・マリア》というコントラストもある)。

新作『鉄男THE BULLET MAN』公開とともに、ほぼ20年前に制作された二作の『鉄男』も、さらには8枚組『塚本晋也COLLECTOR’S BOX』(ハピネット)もDVDでリリースされる。ひとり、部屋でみるのはまたべつの体験だが、塚本晋也がつくりだす恐怖と魅惑、それに反応する「わたし」や、諸々の人たちの奥に広がる何ものか、そして、それが「いま」、2010年の春、同時期にありうるということを───考えてみるのは、もうひとつ、さらなる恐怖/魅惑であるのか、どうか。

映画『鉄男 THE BULLET MAN』
監督:冢本晋也 音楽:石川忠
出演:エリック・ボシック/桃生亜希子/
中村優子/ステファン・サラザン/冢本晋也
配給:アスミック・エース
(2009年 日本 71分)

5月22日(土)
シネマライズ他《爆圧体験映画》解禁
©TETSUO THE BULLET MAN GROUP 2009
http://www.tetsuo-project.jp