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Schola vol.5 『Drums & Bass』

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公開
2010/06/04   11:00
更新
2010/06/04   20:36
ソース
intoxicate vol.85 (2010年4月20日発行)
テキスト
text:畠中実(ICC学芸員)

ルードヴィヒ・クラーゲスは、著書「リズムの本質」において、リズムを「ある時間的現象の規則的分節」、「時間的現象要素の規則的反復」、「ある規則の時間的現象」であると定義している。こうした「現象」としてのリズムが、人をして体を揺すりたい気持ちにさせる。

細野晴臣は、音楽が人間に与える効果を三つの要素として分類定義した。それを「三拍子」と呼び、「下半身モヤモヤ」「みぞおちワクワク」「頭クラクラ」と名付けている。「下半身モヤモヤ」は「端的にいえばリズム」であり、「みぞおちワクワク」は「和音やメロディ」である。そして、これらのふたつの要素は、ざらにあるものであり「現在、音楽はくさる程つくられているが、三拍子そろったものはあまりない」という。そして、最後の「頭クラクラ」は「クラクラさせるようなコンセプト」である。「これはアイデアの領域を越えた内からつきあげてくる衝動のようなものであり、私の最も大事とするもので、これを感じたものには、シャッポを脱いで敬礼することにしている」と書いている。

坂本龍一総合監修による「音楽の学校」(スコラ)の第5巻は、細野晴臣と高橋幸宏の選による、その名も「ドラムズ&ベース」である。ドラムズとベースは楽器の中でも、リズム・セクション、リズム隊などと呼ばれる、バンド・アンサンブルの中で基底となるような役割を果たす。

バッハやジャズといった、ひとりの作曲家や特定のジャンルをテーマにしてきたこれまでとちがい、今回のスコラは「楽器に焦点をあてた」ものであることが特徴だ。しかし、実際には細野晴臣と高橋幸宏というふたりの卓越したミュージシャンの経験を通してとらえられた楽器であり、またポピュラー音楽史であるといえる。それは、スコラの後続する巻でも特集される予定のロックや黒人音楽といったジャンルとも交差しながら、ふたりの音楽や楽器に対する指向性をより反映した選曲によって、いわば「個人的なこだわり」から垣間見られる「普遍性」や「スタンダード(標準)」の確立をめざすものである。それは、ある観点からは原点回帰的ともいえる選曲になっており、選ばれた13曲と、なんと今回YMOとして新たに録音された2曲は、コンピレーションとしても非常にまとまりのよいものになっている。アレサ・フランクリン、ダニー・ハサウェイ、ジェイムズ・ブラウン、ウィルソン・ピケットと並べば、R&B、ソウルのコンピレーションと見まごうほどだ。

その今回の新録は、この巻の白眉となるだろう。ビートルズの《ハロー・グッドバイ》とスライ&ザ・ファミリー・ストーンの《サンキュー・フォー・トーキン・トゥ・ミー・アフリカ》である。これが、かつての《デイ・トリッパー》のような、テクノで痙攣的なアレンジではなく、ほぼ完コピともいえるグルーヴを再現している。かつて『増殖』に収録された、アーチー・ベル&ザ・ドレルズの《タイトゥン・アップ》を思い出す人もいよう。

ブックレットの鼎談では、アドヴァイザーとしてピーター・バラカンが参加し、彼らが当時リアルタイムに接した新しいリズムについて、さすがの「コアな」話を展開している。リズムというのはつねに新しい解釈によって、プレイヤー独自のスタイルを作っていくものだが、そうしたドラムズとベースによるリズム・コンビネーションの多様性を一望できるのが本作の面白さでもあるだろう。やや黒人音楽へ傾倒したものになっているのが、ふたりの受けてきた影響と指向性を表わしているが、このこともこのコンピレーションの性格を決定づけているといえるだろう。50年代、その黎明期からロックと呼ばれるようになる音楽を聴き始め、60年代から70年代前半へといたるリズムの変遷を聴き続けて、それぞれの楽器と伴走してきたふたりによって選ばれた楽曲は、冒頭にあげた「下半身モヤモヤ」「みぞおちワクワク」をまさに体現する楽曲であるにちがいない。

さらには巻末にまとめられた、それぞれが選んだ推薦盤のリストをながめれば、ここに収められた楽曲以降の時代から、YMOがともに作り上げたともいえる80年代のニューウェーヴまで、より実験的、先駆的な作品も含まれていたことがわかる。ふたりのルーツ以降の影響関係が興味深い。高橋が、「兄弟みたいなもの」というスティーヴ・ジャンセンなども選にはもれたが、重要なミュージシャンとして言及されている。たとえば、ベースでいえば、ジャコ・パストリアスのフレットレス・ベースや、トニー・レヴィンのスティックのような、楽器の特殊性によってスタイルを作り上げたミュージシャンを取り上げることができるだろうし、もうひとつは、たとえばピーター・ガブリエルの作品で、フィル・コリンズとスティーヴ・リリィホワイトが生み出したゲート・ドラム、ポリスのリヴァーブを効かせたダブ処理など、録音技術という観点からも選び得るものだろう。