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バンドであることを再認識することで危機からの脱却を図ったクラクソンズ

連載
久保憲司のロック千夜一夜
公開
2010/08/30   14:30
更新
2010/08/30   14:30
テキスト
文/久保憲司

 

ロック・フォトグラファーとして活躍、さらにロック・ジャーナリストとしての顔も持つ 〈現場 の人〉久保憲司氏が、ロック名盤を自身の体験と共に振り返る隔週コラム。今回は、自分たちはバンドであるということを再認識することで危機を乗り越えたクラクソンズの新作『Surfing The Void』について。

 

クラクソンズの歴史を紐解くと、凄いですね。1枚目のシングルが“Gravity's Rainbow”。曲名がトマス・ピンチョンの「重力の虹」だよ。wikiによると〈20世紀後半の英語圏文学のなかで、もっとも詳しく研究されている1冊である〉だそう。自分も2回本を買って読もうとしたけど、挫折している。おっと、これは研究とは言わないか。

「重力の虹」の舞台は第二次世界大戦末期から終戦直後にかけてのヨーロッパである。端役や動物・電球などを含めた300名を超える登場人物のうち、中心となるのはアメリカ軍中尉のタイローン・スロースロップ。行く先々で女と関係を持つスロースロップには、セックスした後にV2ロケットが落下するという秘密があった。その秘密を知る組織の面々はスロースロップを監視し、さまざまな仮説を打ち立てる。スロースロップもまたみずからとV2の関係を追い求め、ロンドンから大陸へ、連合軍占領地〈ゾーン〉へと遍歴の旅を続ける。破壊と渾沌と倒錯のエロスに満ちたヨーロッパの荒野を行くタイローン。パラノイアに陥った語り手が紡ぎ出すそこは、西欧近代の知と産業と暴力を象徴的に体現する〈ロケット〉のシステムであった――。

wikiからのコピペだけど、かっこいいじゃないか、むちゃくちゃ読みたくなる。クラクソンズの面々は読んでいるんだよね。この小説のテーマ〈西欧近代の知と産業と暴力を象徴的に体現する〉って、まさにクラクソンズがやりたいことそのまま。“Gravity's Rainbow”は射精の歌ですけどね、〈come with me〉ってのが笑っちゃう。そしてクラクソンズって名前は、過去の芸術の徹底破壊と、機械化によって実現された近代社会の速さを称え、20世紀初頭にイタリアを中心として起こった前衛芸術運動、未来派から取られています。80年代にフランキー・ゴーズ・ハリウッドやアート・オブ・ノイズのレーベルだったZTTが未来派のイメージを使っていましたけど、クラクソンズは未来派やKLFの神秘主義、レイヴなんかをパッチワークのように組み合わせ、新しいイメージを生んでいました。うん、かっこいいな。

未来派はイタリア・ファシズムに受け入れられ、戦争を〈世の中を衛生的にする唯一の方法〉として賛美したりしてヤバいんですけど、でも当時の共産主義の旗手で、アウトノミア運動やネグリなどにも多大な影響を与えたアントニオ・グラムシは未来派がすべてのブルジョワ文化と対決していると思っていたそうです。アウトノミア、ネグリって、話がどんどん広がっていきますが、興味ある人はwikiしてください。セックス・ピストルズが状況主義を利用していたので、ZTTも未来派なんかを採り入れていたんですけど、しかし、本当にイギリスのロックはスリリングでしたね。クラクソンズもまさにそれをもう一度やろうとしていたんですよね。しかも、音はレイヴで。しかも曲がいい。次のシングルは“Atlantis To Interzone”――インターゾーン(暗黒の理想郷)って、ウイリアム・バロウズですよ。そして、その次のシングルが“Magick”って、神秘主義者ですよ。アルバムのタイトルが『Myths Of The Near Future』――近未来の神話。完全に神秘主義者&JG・バラードの短編小説集のタイトルですよ。KLFがやろうとしたことを2000年代にやろうとしたんですよ。いやあ、本当にセンスがいい。パルプのジャーヴィス・コッカーが『Myths Of The Near Future』を〈画期的なレコード〉と評するのがよくわかる。そんで、2007年のマーキュリー・プライズを取るのもわかる。

このままいけばいいのに、なんでレコード会社からダメ出しを食らうようなことになってしまったんでしょうね。このアルバムには入ってないですけど、いちばん最初に聴けた新曲は“Moonhead”って曲で、なんかモーターヘッドなロックでかっこよかったんです。だから、前の時と同じように徐々にシングルを切っていくべきだったような気がするんですけど、もうシングルが売れない時代になっていたんでしょうか。

しかし、レコード会社から出さないと言われた時はショックだったでしょうね。外国のレコード会社は本当にシビアですからね。外国のレコード会社はレコーディング中は一切口を出さない、というか聴かせてももらえない。だからお酒やドラッグを持っていったりして、なんとか聴かせてもらおうとする。その攻防戦を見てると僕なんか〈誰が金を出していると思っているんだ〉ってキレるんじゃないかとハラハラするんですけど。まっ、それくらいアーティストのアーティスト性が守られているってことなんですけど、しかし、レコード会社にはその商品が売れないと思えば〈ノー〉って言う権利がある。アーティストも〈俺の労力を返せ〉〈お前俺の芸術がわからないのか〉ってキレたりしない。シビアな世界です。

そんな危機をどうやって乗り越えたかというとクラクソンズはバンドとしてやっていこうと思ったんでしょうね。そして、プロデュースを頼んだのがコーンなんかのニュー・メタルを作ったプロデューサーであり、キュアーを完全復活させたロス・ロビンソンですよ。ロス・ロビソンがキュアーを復活させる際の決め手となったのは、メンバーが円になって、みんなで向き合いながら音を出して、自分たちはバンドなんだということを再認識させたことだった。

クラクソンズの今作にも、バンドとしての力強さ、スリリングな部分が出てますよ。10曲40分を颯爽と駆け抜けていく感じ。そして、いいライヴを観させてもらったという感じ。こんなにしっかりしたメッセージと斬新な音楽を聴いていると、80年代のキリング・ジョークを思い出すな。80年代にシアター・オブ・ヘイトの次に好きだったバンド。ライヴやレコーディングのクオリティーがいちばんだと尊敬したバンド。それにクラクソンズは近いなと思った。

おもしろいな。クラクソンズにはぼくの好きなものが一杯詰まっている。そして気付いたら、かつて僕がいちばん好きだったバンドになっていた。そうそう、キリング・ジョークは80年代最強のライヴ・バンドだった。クラクソンズも2010年代を代表するライヴ・バンドになったらいいな。