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『サウンド・オブ・ミュージック』ブルーレイ化に寄せて

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公開
2010/11/01   17:36
更新
2010/11/01   18:17
ソース
intoxicate vol.88 (2010年10月10日発行)
テキスト
text:吉川明利(タワーレコード本社)

『サウンド・オブ・ミュージック』ブルーレイ化に寄せて

いまから20数年前、映画が家庭で見られるようになった頃、ソフトそのものはまだ高額で、ビデオカセット1本の値段・15,000円はざらだった。収集家たちはビデオより画質が良く安価な(それでも7800円だが)レーザーディスク(以下LD)でコレクションするようになる。タイトル数は決して多くなかったが、その中に『サウンド・オブ・ミュージック』も含まれていて〈一応〉コレクションのマストアイテムとなる。

〈一応〉と記したのには訳がある。パイオニアが当時発売した『サウンド~』のLDは、なんと2ヶ国語版でファンの間での評判は悪く、よって買うのをためらった人も多数いたことも事実だ。日本人が字幕での洋画鑑賞を基本としているのを知らなかったハリウッド側がLDへの素材提供の際、2ヶ国語で充分だろうと、パイオニア関係者を押し切ってしまったということだ。また当然LDには面換えがあり、その1面から2面への繋ぎも最悪で、トラップ一家の子供たちが、丘でボール遊びをしている場面を突然途中で切って、2面に切り替わるというストレスの溜まるものであった。しかし作品そのものは、そんなソフト側の不備をものともせず愛され続け、DVDが発売になれば、すこしでも画質音質の良いフォーマットを最優先としてファンはビデオやLDからDVDに買い換えてきて訳である。

そして遂に製作45周年記念として12月3日にブルーレイで発売だ!これでようやく『サウンド・オブ・ミュージック』の買い換えの歴史にも終止符だ!

では、なぜこれほどまでに多くの人々を、この映画が魅了するのだろうか? まず、誰しも一度は聞いたことがある音楽の美しさが挙げられる。リチャード・ロジャース珠玉のサウンドの数々だ。またオスカー・ハマースタイン2世の作詞も楽しく、《ドレミの歌》ひとつとってみても、英語を習い始めた後に見ると、レは『光線』でミは『自分』、シは英語ではティで『お茶』か、と日本版以上に楽しめるのだ。もし《My Favorite Things私のお気に入り》のナンバーをJR東海の音楽でしか知らない人がいたら、皆でこれがそのオリジナルだよと教えてあげましょう。

ザルツブルグの風景の美しさも魅力のひとつだろう。監督のロバート・ワイズは『ウエストサイド物語』で今までスタジオ撮影が基本だったミュージカル映画にロケを持ち込んで成功させた人物。ファーストシーンのアルプスの山々の絶景を映し出しながら、キャメラが丘の上で歌うマリアに寄っていくカットは何度見ても目を見張る。こうしたダイナミックな魅力は映画独自なもので、舞台という限られた空間では決して表現することは出来ない。しかしそれは舞台を否定するものではなく、日本でも宮本亜門演出版や劇団四季版など、再三上演されている舞台版の魅力は別な部分にあることが、両方見てこそ気づくということを書き添えておきたい。

続いてはキャストの魅力だ。ブロードウェイ版『マイ・フェア・レディ』で一躍注目されたジュリー・アンドリュースは、当然ハリウッドで映画化される際でもイライザ役が出来ると思っていた。しかし製作のジャック・L・ワーナーが主役に選んだのはオードリー・ヘップバーン。ジュリーは同年製作の『メリー・ポピンズ』に出演し、その年のオスカーレースで見事勝利してオードリーにリベンジしたのであった。その『メリー~』の役柄こそ家庭教師、マリアと同じではないか! そう考えるとジュリーはマリア役をやるために女優になったとしか思えないほどのキャスティングなのである。それは長女のリーズル役で永久不滅の名を残したシャーミアン・カーも同じだろう。彼女の歌う《Sixteen Going on Seventeenもうすぐ17才》はジュリー以外のキャストの最も魅力的なナンバーだ。彼女自身は40周年記念DVDの特典映像(今回のBDにも収録)「ザルツブルグをたずねて」で元気な姿を披露してくれた。

そうした音楽、キャメラ、キャストの魅力に彩られた映画が残すメッセージこそ、人間の自由と尊厳だ。後半ナチスへの協力をトラップ大佐が断ってアメリカ亡命に向う展開になると、楽しかったミュージカル場面の数々は《So Long, Farewellさようなら、ごきげんよう》を最後に終了、サスペンス映画に変貌する。実際のトラップ一家はアメリカ亡命後、ファミリー合唱団で有名になるという後日談があるが、そこまで描かず、自由を求めアルプス山脈を往く場面をラストシーンとしたことで、よりメッセージは強く伝わったのだった。

今回のブルーレイ化(全世界同時発売とのこと)では新たなHDマスターを使用し、いままで再現しきれなかった丘の上の花一輪までも、はっきりと映し出すことに成功しているとフォックス側は自信のコメント。また特典映像も新たに6時間以上というボリューム感。個人的に見てみたい特典映像は、なんと言っても『ジュリー・アンド・キャロル・アット・カーネギーホール:プラット・ファミリー合唱団』!