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フルトヴェングラー至高の遺産

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o-cha-no-ma LONG REVIEW
公開
2010/12/27   20:08
更新
2010/12/27   20:30
ソース
intoxicate vol.89 (2010年12月20日発行)
テキスト
text:伊藤圭吾(渋谷店)

仏ターラ社の正規盤から選び抜き、特別価格でお届けする、ファン待望のベストコレクション・シリーズ

両手と頭を激しく振動させる異様なスタイルの指揮、合奏がずれようがお構いなしに客席へ向けて叩きつけられる轟音の連打、演奏が行われている今この瞬間に音楽を、歴史を、その全てを集約加圧し臨界状態において一気に焼き尽くす。

死より半世紀を経た21世紀の現在もなお人を呪縛してやまぬ指揮者フルトヴェングラー。その彼が今また音盤となって還ってきたのです。フランス【TAHRA】がフランス・フルトヴェングラー協会の支援のもと時間をかけて発掘してきたライヴ演奏の数々がこのたびキングレコードより廉価にて一挙11タイトル再発売。まさしくモニュメンタルなこのシリーズを紹介いたしましょう。

内容は大きく二つに分けられ、ひとつは第二次大戦中の録音。前述のパフォーマンス・スタイルが最高度に純化された熾烈な演奏が当時としては破格の高音質で生々しくとらえられています。ベートーヴェンの《運命》(KICC892)《第九》(KICC894)、どれもフルトヴェングラーが生涯演奏し続けた曲目ですが、その最も激しく劇的なものがこれら戦中ライヴといえるでしょう。ことに、ドイツの敗色濃厚となった1944年にウィーン・フィルを振った《英雄》(KICC891)は〈ウラニアのエロイカ〉として広く世に知られた代表的演奏。魔術的陶酔感に満ちたワーグナーの管弦楽曲(KICC893)も圧倒的です。

そしてもうひとつが戦後のライヴ演奏の数々。暴力と死が荒れ狂う破壊の渦の後も世界は終わることなく、再び聴衆の前に姿を現したフルトヴェングラー。47年戦後復帰演奏会初日の《田園》《運命》(KICC890)は曲が進むにつれ熱を帯びてゆく感動的なドキュメント。かくして歴史は続いてゆく…しかし、彼はまもなく自身の老いと病、そして死という避けがたい終焉に直面することになります。だが残された時間の中でその音楽はかつての熱狂をさらに上回る雄大さを獲得し、崇高なまでの輝きをもって完成するに至りました。 ベルリン・フィルとの《英雄》52年ライヴ(KICC895)において、戦中の〈ウラニアのエロイカ〉から何が変わり、何が変わらなかったか、ぜひお聴きいただきたいと思います。