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ジョン・ケージ《ヴァリエーションズ VII》

カテゴリ
o-cha-no-ma LONG REVIEW
公開
2010/12/28   20:02
更新
2010/12/28   20:09
ソース
intoxicate vol.89 (2010年12月20日発行)
テキスト
足立智美(パフォマー・作曲家)

聴くことの裂け目

1966年、ニューヨークのアーモリーでおこなわれた 《9イヴニングズ〜劇場と技術》はテクノロジーと芸術の関係を60年代の熱気の中で激しく問いかけることになった。リモート・コントロール、超音波の干渉、ヴィデオ・プロジェクションといった、それまで芸術の素材として使われなかったテクノロジーを用いた数々のパフォーマンスは、メディア・アートの源流となり、またテクノロジーを自ら使いこなす芸術家への道を開いた。だが参加したデイヴィッド・チュードア、デボラ・ヘイ、ロバート・ラウンシェンバーグといった面々は、先端テクノロジーによる芸術の拡張と統合ではなく、越境する芸術の垣間見せる、本質的な裂け目、亀裂に着目していたようにも思える。それは元来、音楽やダンスがそのうちにはらむ複数性であり、テクノロジーの介在はその境界を押し拡げる。

ジョン・ケージの《ヴァリエーションズ VII》は、この《9 イヴニングズ》の一演目として上演された。10本の電話回線がリアルタイムでニューヨークの音響を収集し、短波ラジオが遠くからの響きを受け止める。光センサーで偶発的に作動させられる家電製品の音、パフォーマーの脳波や心音、放射能を感知するガイガーカウンター。それらをミックスし17チャンネルの音響システムで会場に放出する。ケージのねらいは、それまでの電子音楽を多かれ少なかれ規定していた、テープ/録音メディアを排して、まったくのライヴ・エレクトロニクス音楽を作ること、そして空中に漂う、聞こえない音、地球上のすべての波動をテクノロジーを介して可聴化することにあった。そこに現れるのは一見、世界がテクノロジーで一体化したユートピアのようにも思える。

このユートピアは四十数年後の今日、携帯電話やインターネット、特にSkypeやUSTREAMがもたらした世界観を先取りしている。しかしこれらのテクノロジーが一般化したいま、われわれが感じるのは、音、光や電子の遅さであり、デジタルバッファーのもたらす独特のリズム感である。地球の裏側とSkypeで話す時、そのあからさまな遅延は、対面式の会話とは違った時間感覚をもたらす。ここで感じられるのはわれわれが一人たりとも同じ時間を共有しておらず、世界は無数の断片の集合であるという事実である。そうしてひとつの世界は無限の差異へと砕け散ってしまう。

ケージは《ヴァリエーションズ》(=変奏曲)のシリーズで、シェーンベルク流の、差異と同一からなる〈主題と変奏〉ではなく、差異だけによる音楽の変奏法を編み出した。それは一と多の対立ではなく、一が多であることから始まる。それは砕けた鏡、どこでもない場所/ユートピアとなって世界の響きを反射する。

Live info
『音楽の複数次元〜ジョン・ケージ《Variations VII》(日本初演)』
2011年1/29(土)19:00開演 ・ 1/30(日)15:00開演
会場:アサヒ・アートスクエア(浅草)
足立智美、有馬純寿、池田拓実、毛利悠子 
お問合せ: ナヤ・コレクティブ   nayac@mc.point.ne.jp
http://www.purple.dti.ne.jp/naya/PDM/index.html