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commmons:schola vol.7 Ryuichi Sakamoto Selections:Beethoven

カテゴリ
o-cha-no-ma LONG REVIEW
公開
2011/01/05   12:09
更新
2011/01/05   12:18
ソース
intoxicate vol.89 (2010年12月20日発行)
テキスト
text:青澤隆明

過去の達成から未了の現在をまなざす

ベートーヴェンが苦手だ。ということは、ベートーヴェンにコンプレックスを抱いているのだろう。理由はいろいろあるに違いないが、そもそもはベートーヴェン自身が抱いたコンプレックスに起因するのではないか。私のなかの人間が、ベートーヴェンという強烈な精神によって、コンプレックスごと増幅されていくという仕組みだ。

困ったことに、あるいは〈発展〉のために、彼以後の音楽家の多くも、ベートーヴェンにコンプレックスを覚えた。優越であれ、劣等であれ、それが後にくる音楽表現に、ロマン派の事情を重ねて、自我を盛り立てていった。

240年前に生まれたベートーヴェンはまさに時代の子で、へーゲルと同い年だから、10代の終わりにフランス革命が起こる。市民階級の意識が沸き出し、音楽や楽器の工業化も進んでいく。ベートーヴェンを聴くことは、情熱の創作を通じて歴史の躍動に触れることでもある。

作品を演奏するのは、現代の人間である。録音という営為が限定的に働きかけるからだが、それでもベートーヴェンの巻では1951年のフルトヴェングラーの《第九》から、アファナシエフの弾く後期ソナタくらいまでの時間軸はある。2010年の坂本龍一が選曲して、そうなった。

さて、〈schola〉が楽しいのは、音楽を作家や作品で分割する聴きかたではなく、人類の精神はいったいなにを創り出してきたのか、ということを改めて素直に辿ろうとする姿勢による。だから再訪の探索は発見に充ちてくる。作品や演奏者の選択も、考えられた結果として、ある意味驚くほど率直だ。それが坂本龍一という人の投げかけを親切な手つきにしている。おかげで、CDはあきれるほど、すらすらと聴ける。このシリーズは世界標準の音楽遺産を次々と再訪しながら、創作という手仕事を通して、過去の達成から未了の現在をまなざす。学びのプロセスを、楽しい、と坂本は明かす。その歓びはコンプレックスを超え、視野も広く、やわらかに伝っていく。

【収録曲】:1. ピアノ・ソナタ第1番ヘ短調作品2の1 ~第1楽章アレグロ/グレン・グールド(P) 2. ピアノ・ソナタ第21 番ハ長調作品53 “ワルトシュタイン” ~第1楽章アレグロ・コン・ブリオ/ウィルヘルム・バックハウス(P) 3. 交響曲第5番ハ短調作品67 “運命” ~第1楽章アレグロ・コン・ブリオ/ピエール・ブーレーズ指揮ニュー・フィルハーモニア管弦楽団 4. 交響曲第7番イ短調作品92 ~第2楽章アレグレット/ウィルヘルム・フルトヴェングラー指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 5. ピアノ・ソナタ第30 番ホ長調作品109 ~第1楽章ヴィヴァーチェ・マ・ノン・トロッポ/ヴァレリー・アファナシエフ(P)6. 交響曲第9番ニ短調作品125 “合唱” ~第4楽章プレスト~アレグロ・アッサイ~ アンダンテ・マエストーソ/エリザベート・シュワルツコップ(S) 、エリザベート・ヘンゲン(A)、ハンス・ホップ(T) 、オットー・エーデルマン(B)、ウィルヘルム・フルトヴェングラー指揮バイロイト祝祭管弦楽団バイロイト祝祭合唱団 7. 弦楽四重奏曲第15 番イ短調作品132 ~第3楽章モルト・アダージョ( 病癒えた者の神に対する聖なる感謝の歌。リディア旋法による)/アルバン・ベルク四重奏団