寅さんと日本人の心象風景
『男はつらいよ』の主人公である〈寅さん〉は、人を慮るばかりに自分の幸せよりも他人の幸せを優先してしまう愛すべき人物である。
兎角「勝ち組」「負け組」に代表される今の日本では、他人の成功や幸せを素直に喜ぶのは難しい。しかし寅さん映画を観る人々が、彼の生き方に共感するのは何故だろう。彼が今も誰からも愛され、我々日本人の心情に響いて来る物は何か? それは、この映画の表題に見えている「男らしさ」に起因している気がする。人間、男らしさをテーマに生きてゆくのは難しい。今なら漏れ無く〈うざい〉と返ってきそうだ。男らしさを貫く為には、自分が我慢をしなければならない。我慢は美学だ。他人の幸せを祝福出来る美しさを備えていると云う事だ。しかし男らしさは、大変窮屈だ。手足を伸ばせ無い中で、自分の美学を目一杯、演出するのは不恰好にさえ見えて来る。我々の現実世界でもそうだ。仕事にせよ恋愛にせよ大多数の人間は、他者との間で孤軍奮闘している。そして必死に他者との距離感を縮めようと、気持ちを推し量ろうとする。しかし小手先のアピールでは、かえって他人は不信感を持ってしまう。そこで自分は本当に相手にとっての幸せは何かを真剣に考える様になる。その相手を慮ろうと頑張る姿は、やはり何処と無く不恰好に見えるが、愛すべき男らしさなのだ。そう、その姿は正しく『男はつらいよ』の主人公・車寅次郎なのだ。
「寅さん」は、日本人の心の中に在る鏡の様な存在なのかも知れない。
寅さんの産みの親である山田洋次監督の監督生活50周年を記念して『男はつらいよ』の映画全48作品や、そのベースとなったTVドラマの初回・最終回、そして映画の特別篇を収録した『男はつらいよ 寅さんDVDマガジン』が隔週リリースされる。創刊にあたり監督のメッセージが寄せられていた。
「〈人の幸せを見るのが幸せ〉。そんな男の姿をぜひ観て下さい」
このDVDマガジンでは、「寅さん」を初めて観る若い世代に対して、価格や解説・インタヴュー映像など、様々に配慮・工夫されている。往年の 「寅さんファン」にとっても、『男はつらいよ』のパッケージ史上類を見ない特典の豪華さだ。劇場公開当時の復刻ポスター(B4)が毎号附録されるのも嬉しい。
注目すべきなのは、山田洋次監督が〈寅さんの少年時代〉を書き下ろし小説として連載している事だ。少年・寅次郎がいかにして〈寅さん〉になったかを明かす内容だ。「寅さん」のルーツを知ることは、何か日本人の心象風景の根源を知る様で今から楽しみだ。
「男はつらいよ 寅さんDVDマガジン」公式サイト
http://toramaga.jp/