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映画『わたしを離さないで』

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公開
2011/03/29   17:41
更新
2011/03/29   18:07
ソース
intoxicate vol.90 (2011年2月20日発行)
テキスト
text:北小路隆志

映画『わたしを離さないで』
──カズオ・イシグロのベストセラー小説が映画化!

周囲から隔絶された寄宿学校で育つ3人の男女を軸に物語は展開される。他の男の子から浮いた存在のエキセントリックな少年トミーにまず思いを寄せ、接近するのはキャシーだが、彼女の親友ルースがいつしかトミーの恋人になる。こうして3人は愛憎入り混じる三角関係に陥り、映画は寄宿学校を出た後で再び出会う3人の運命的な関係性の思わぬ形での決着までを追う。物静かで清廉な印象のヒロイン、キャシーを演じるのは、『17歳の肖像』での初々しい演技で一躍脚光を浴びたキャリー・マリガン。一方、勝気だが壊れやすさも併せ持つ、正反対の性格ながらキャシーと密接な関係であり続けるルースにはキーラ・ナイトレイが扮する。実生活でも2人は「プライドと偏見」での共演以来の親友で、タイプの異なる若手実力派女優の競演ぶりが、この映画の見所になっている。

家族の接触など皆無であるところから、当初は孤児であるかのように見える3人だが、その境遇がさらに僕らの想像を絶して過酷なものであると次第にわかってくる。寄宿学校は古き良きイギリスの伝統を思わせる厳格な規律に支配され、そのルールの微妙な奇妙さに僕らも気づき始めるのだ。その上での決定的な場面は、ある授業でのやり取りだろう。学校の方針に反抗的な存在としてやがて追放されることになる女性教師が、3人を含む生徒らに次のように告げる。将来、あなたがたは、俳優やスポーツ選手にはなれず、また老年はおろか中年時代を経験することもできないだろう。つまり、あなたがたの未来はすでに決定されている……。そうした驚きの宣告以上に僕らにとって恐ろしいのは、その内容を半ば知っていたかのように受け入れる生徒らの諦めと不安の入り混じる表情のほうだ。

物語は、寄宿学校を出て「介護人」となったキャシーが寄宿学校での思い出を回顧する流れで推移する。この構造は、この映画の登場人物らが必然的に過去の思い出に浸らざるをえない存在であることに由来する。そう、3人には、過去だけがあり未来がない。あなたは過去をすでに確定されたものと認め、逆に未来は未確定で開かれたものと考えるが、それは違う、過去と同様に未来も確定されていて、ただあなたがそれを知らないだけなのだ……。そうした決定論=運命論の主張が形を変えて本作の登場人物らを過酷に呪縛する。あらゆる難病を治療可能とする医療技術の発展を背景に生まれた3人は、ある「使命」に基づき生を受けており、その「完了」こそが生の目的となる。そうした事実だけでも十分に僕らの恐怖を誘うが、さらに、3人があらかじめ未来の決定された存在、いわば未来のない存在である点が、特異な境遇にあるかれらへの僕らの感情移入を容易にするはずだ。

決定論=運命論を介し、生命倫理にかかわる現代的かつシリアスな設定が王道のメロドラマの構図に結びつくことこそ、この映画に固有の魅力だろう。異なる階級の男女の恋や不倫の恋など、何らかの理由で容易に思いを遂げることのできない男女が、自らの運命を覆そうと挑戦し、しかし結局は悲恋に終わる……。困難な状況に引き裂かれた男女が何とか打開を図り、挫折するまでのプロセスを描くがゆえに、メロドラマは僕らの涙を誘う。本作で3人を引き裂く運命的な亀裂は、生命倫理に関わる現代性を背景にしつつ、同時に古典的なメロドラマ性をも帯びることで普遍性を帯び、また逆にその鮮やかな現代性ゆえに単なるメロドラマを超越する。日本生まれのイギリス人作家で、世界的にも著名なカズオ・イシグロが2005年に発表したベストセラー小説を原作とする本作は、100分ほどの上映時間に抑える簡潔さをもって感動と不安の入り混じる余韻へと僕らを導く。僕らは運命の支配を逃れることができるのか? あるいは果たして運命は僕らの味方となるのか? 本作は、僕らを泣かせるだけでなく震え上がらせ、また何よりも深く考えさせるのだ。

映画『わたしを離さないで』

監督:マーク・ロマネク
原作:カズオ・イシグロ「わたしを離さないで」早川書房刊
音楽:レイチェル・ポートマン
出演:キャリー・マリガン/アンドリュー・ガーフィールド/キーラ・ナイトレイ/シャーロット・ランブリング
配給:20世紀フォックス映画(2010年 イギリス、アメリカ 105分)
© 2010 Twentieth Century Fox

3/26(土)より、TOHO シネマズ シャンテ、Bunkamuraル・シネマ 他にて全国ロードショーhttp://www.wata-hana.jp