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木村充揮

公開
2011/05/06   20:01
更新
2011/05/06   20:34
ソース
intoxicate vol.91 (2011年4月20日発行)
テキスト
text : 五十嵐正

5年振りのソロ・アルバムは、ジャズ・ヴォーカル2連続!
──ナット・キング・コール、ビリー・ホリデイに敬意を表して

憂歌団(98年に無期限活動休止)のヴォーカルで、94年からはソロ歌手として活躍してきた木村充揮がこのほど5年ぶりのソロ・アルバムを発表。それも2ヶ月連続で2枚、初めてのジャズ・ヴォーカル・アルバムという意欲的な作品である。これまでもライヴでは時折スタンダードのカヴァーを聴かせてきたが、今回はアメリカのスタンダードのソングブックへの本格的な挑戦で、それぞれナット・キング・コール、ビリー・ホリデイという偉大な歌手に敬意を表して、彼らの名曲揃いのレパートリーを歌う内容となっている。

75年に憂歌団のデビュー・アルバムが発表されたとき、ブルーズの有名曲《トラブル・イン・マインド》や《ノーバディ・ノウズ・ユー・ホエン・ユーアー・ダウン&アウト》を「嫌んなった。もう駄目さ」とか「銭の切れ目が縁の切れ目」と歌う大胆かつ冴えた言葉使いと20代初めとはとても思えない渋いしゃがれ声の歌にびっくりさせられ、黒人歌手の物真似をせずとも、こんなふうにブルーズ感覚たっぷりに歌えるのかと感心させられたわけだし、近年は近藤房之助と組んだプロジェクト、クレイジードッグスで、歌謡曲、流行歌をブルーズ感覚たっぷりに料理する、本人たち曰く〈男唄〉を聞かせただけに、ナット・キング・コール、ビリー・ホリデイの名曲の数々という直球ど真ん中の企画はちょっとした驚きでもある。

第1弾『Kimura sings Vol.1 Moon Call』はナット・キング・コール作品集。最近ではマイケル・ジャクソンの愛唱歌だったという形容がつくようになった《スマイル》の2ヴァージョン、《アンフォゲッタブル》《モナリザ》《スターダスト》など超有名曲ばかりを、時折日本語歌詞も混ぜながら、主に英語で歌っている。あの独特のヴィブラートのかかった、人呼んで〈天使のダミ声〉とコールのソフトでスムースなバリトンの歌声では随分持ち味が異なり、〈どないナット・キング・コール〉というキャッチコピーもさもありなんだが、そのミスマッチこそがねらいのようだ。

とはいえ、実のところナット・キング・コールという選択は納得できるものでもある。彼は木村の敬愛するレイ・チャールズが若い頃に真似ていた人でもあるが、美空ひばりが大好きで、たくさんの曲を彼から学んだことに示されているように、その数多いヒットは日本でも人気が非常に高く、それらが持つ情趣や感傷は日本人のなじんだものでもあるからだ。木村は97年に『HAYARIUTA 流行歌』という昭和初期から30年代の日本の歌をカヴァーしたアルバムを発表したこともあるが、そういった時代の歌謡曲を自分流に消化したのと同じように、コールのヒットの数々をすっかり木村節にしてしまっている。

今回の2枚のアルバムは日本のジャズ界を代表する奇才、アルト・サックス奏者で今回は素晴らしいクラリネットをたくさん吹いている梅津和時をプロデューサーに迎えており、日本のジャズ界の錚々たるメンバーが参加している。リズム・セクションをほとんどの曲で井野信義(ベース)と小山彰太(ドラムズ)で固定したのに対し、ピアニストには渋谷毅をはじめ、元岡一英、清水一登、田中信正、宮原透といった、それぞれ個性的なプレイヤーたちを曲によって使い分けたところが、梅津のプロデュースの妙だろう。

アレンジも梅津が手がけている。あくまで歌を大事にしており、奇をてらったものはないが、コール集では太田恵資のヴァイオリンが3曲で目立ってフィーチャーされているのと、《モナリザ》をパンデイロも入ったサンバ的なリズムで軽快な曲に変身させ、前半でマリアッチ的な響きだったホーンが後半でディキシーランド調になるといった編曲は巧い。

そして、第2弾はビリー・ホリデイ作品集の『Kimura Sings Vol.2〜Daylight in Harlem』である。こちらのホリデイは独特の歌声と雰囲気を持つ異性の歌手ということで、さらにむずかしい挑戦だったと思う。コール集が比較的自然体で取り組んだように聴こえるのに比べ、こちらは原曲での彼女の歌唱との距離をどうとろうかという意識があった印象を受ける。

コール集が良い意味でのジャズ流行歌といった感じなのに対し、こちらはぐっとブルージーに迫り、本当の意味でのジャズ・ヴォーカル・アルバムとも言える。ただし、あまりに有名な《奇妙な果実》(人種差別へのプロテスト・ソング)のような曲では、木村ならではの情景を新たに描くことはできていないか。

やはり彼にはまるのは、実のところナット・キング・コールのヒットでもある《ジー・ベイビー・エイント・アイ・グッド・トゥ・ユー》のようなブルーズ・バラードだし、不実な恋人に向けられる《ドント・エクスプレイン》は歌詞の男女を変えずに歌って、女言葉で歌う演歌にも似た濃い情感を醸し出していて、その持ち味をたっぷり発揮している。