青春の1ページに書き込まれた、
忘れられない出会いと音楽
青春の1ページ、なんて言い方があるけれど、評論家・川本三郎のエッセイ『マイ・バック・ページ』には、60年代という時代に青春を送った作者の想い出が繊細なタッチで書き込まれている。誰も自分が生きた時代からの影響は免れないけれど、とりわけ若者にとって60年代という時代がどれだけ特別な時代であったのかが、このメモワールから垣間見ることができる。若者文化が台頭することでロックや映画などアートの在り方が大きく変化。若者たちは社会と自分との関わり方について積極的に考え、語り合い、やがて、体制との衝突から〈自己否定〉という観念を生み出す。まるで時代そのものが思春期のような息苦しいまでの清純さ。そうした時代の息吹を伝える『マイ・バック・ページ』が映画化された。原作はいくつかのエピソードで構成されているが、なかでも作者と時代がもっとも濃密に関わり合った〈ある事件〉が映画の中心になっている。
物語の舞台は東大安田講堂に学生達が立てこもった1969年から72年にかけての東京。大学を出たばかりの週刊誌記者、沢田はジャーナリストとしての理想に燃えながら、自分がやりたい仕事を任せてもらえずに悶々としていた。そんな沢田に先輩記者、中平から声がかかり、沢田は少しずつ活動家たちの取材を手伝うようになる。そんな二人に、梅山と名乗る過激派が接触。梅山は自分たちが組織化された集団で、4月に行動を起こすことを宣言する。やたら饒舌な梅山の様子に疑念を抱きながらも、沢田は梅山に興味を持った。そして、沢田のもとに届いた自衛官殺害のニュース。口先だけかもしれないと思っていた梅山がついに動いたことを知った沢田は、ますます梅山にのめり込んでいく……。本作のもとになった朝霧自衛隊殺人事件はジャーナリズムの在り方について物議を醸し出した事件だが、その当事者=川本三郎の口から語られた事の次第をドラマ化したのは山下敦弘監督。さらに沢田役を妻夫木聡、梅山役を松山ケンイチが演じていて、事件当時はまだ生まれていなかった世代による映画化というのも話題のひとつだ。
映画の冒頭、学生が排除されて無人になった安田講堂に梅山が侵入するシーンが印象的だ。廃墟のような建物の中を、梅山は何かを探し求めるように徘徊する。いっぽう、沢田は自分が社会人になり、ジャーナリストという安全地帯で若者達の闘争を取材することに後ろめたさを感じている。つまり、二人は実際に世界を変えようとして体制と闘っている当事者ではなく、革命という物語に魅了されている者同士だ。そして、そんな二人が心を触れ合わせるきっかけになるのが、クリーデンス・クリアウォーター・リバイバル(CCR)の名曲《雨を見たかい》。二人は沢田の部屋で初めて顔を合わせて取材をするが、アコースティック・ギターを見つけた梅山は、おもむろにギターを弾きながら《雨を見たかい》を口ずさみはじめ、その姿を見て沢田は不思議な親近感を覚える。このくだりは原作でも印象的なエピソードだが、当時の若者たちにとってロックがナイーヴな共通言語だったことがよくわかる。同じ時代の若者達を描いた『ノルウェーの森』でも、アコースティック・ギターでビートルズ《ノルウェーの森》が爪弾かれる重要なシーンがあったが、思えばその調べを聴く主人公を演じていたのは松山ケンイチだった。
映画で沢田の部屋を見ていると、サイモン&ガーファンクルのレコードや、インパルス・レーベルのものらしきレコードが目に入る。きっとジョン・コルトレーンだろう。コルトレーンが死んだ日に、コルトレーンのレコードを土に埋めて葬式をあげるというエピソードが原作にあったからだが、そんな風に若者たちは音楽と付き合っていた。そういえば原作にあったエピソードで忘れられないのが、梅山(原作ではK)がジム・モリソンやジミ・ヘンドリックスが死んでいくなかでCCRが好きな理由を述べるくだりだ。「でもCCRは絶対死なないという安心感があるな。彼らは土と繋がっている安定さがあるから」(原作より)。自分の作り出した「物語」に周囲の人間を巻きこんでいったKは、自分の空虚さを知っていて大地のように手応えのある何かを求めていたのかもしれない。そして、それは沢田もまた同じ。何かを成し遂げたい、そうした衝動に突き動かされた二人の若者が何者かになろうとして格闘する姿を、これまで〈敗者の青春〉を描いてきた山下監督が時代という大きなキャンパスに力強く描いていく。また音楽以上に様々な映画も登場するが、なかでも重要なのは『ファイブ・イージー・ピーセス 』『真夜中のカーボーイ』といった〈泣く男〉が登場するニューシネマだ。沢田が知り合ったモデルの少女は「きちんと泣ける男の人が好き」と言って沢田を驚かせるが、沢田がどんな風に泣くのか、その涙に込められた意味が本作のテーマともいえるだろう。ちなみに原作のタイトルはボブ・ディランの曲からだが、今回映画の主題歌として使われていて、カヴァーをしているのは真心ブラザーズと奥田民生。男が泣く歌を歌うには、またとない組み合わせといえるかもしれない。
映画『マイ・バック・ページ』
監督:山下敦弘
出演:妻夫木聡 松山ケンイチ
忽那汐里、石橋杏奈、韓英恵/中村蒼/長塚圭史、山内圭哉、古舘寛治、あがた森魚、三浦友和
原作:川本三郎「マイ・バック・ページ」平凡社刊 音楽:ミト(クラムボン)、きだしゅんすけ
配給:アスミック・エース(2011年 日本 2時間21分) 5/28(土)全国公開
© 2011 映画『マイ・バック・ページ』製作委員会
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