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RADIOHEAD 『King Of Limbs』

連載
岡村詩野のガール・ポップ今昔裏街道
公開
2011/05/12   17:13
更新
2011/05/12   17:13
ソース
bounce 330号 (2011年3月25日発行)
テキスト
文/村尾泰郎

 

そのリリース方式で話題を呼んだ前作からおよそ3年……虹の向こうへ渡った5人はそこでどのような音世界を見い出したのだろう? 待望の新作『The King Of The Limbs』を徹底解剖してみよう!

 

「待たせたね」——そんなメッセージがレディオヘッドの公式サイトに登場したのは、今年のヴァレンタイン デーのことだった。そして、それからわずか5日後にサイトを通じてダウンロード・リリースされたのが、バンドにとって8作目のアルバムとなる『King Of Limbs』だ。

 

内省的な空気

前作『In Rainbows』(2007年)がダウンロード・リリースされた時は、購入者が自由に価格を決めるというシステムが話題になったが、そこには音楽を消費すること、そしてリスナーが音楽を聴く姿勢について〈もっと意識的になってほしい〉というバンドからのメッセージが込められていた。

〈実験的〉というのはレディオヘッドのサウンドそのものを紹介する時によく使われる言葉だが、彼らは作品の流通という面でもリスキーな実験をやらずにはいられなかった。そのチャレンジ精神、そこにある〈青さ〉がレディオヘッドの〈ロック〉だ。

振り返れば、大胆にエレクトロニックな要素を導入して彼らの転換点となった『Kid A』(2000年)にも、未開拓なサウンドに挑戦せずにはいられない衝動みたいなものがあった。そして、それ以降、バンドは自分たちが手をつけたことの難しさと格闘し、紆余曲折の果てに『In Rainbows』へと辿り着いたのである。同時進行するテクノ/エレクトロニカ・シーンを見据えながら、エレクトロニックな要素をオーガニックなバン ド・サウンドに浸透させるというアプローチのひとつの到達点『In Rainbows』が、レコード会社を離れて直接リスナーと向き合うことに決めた彼らの新しいスタート地点になったのも偶然ではないはずだ。

『In Rainbows』以降、ジョニー・グリーンウッド(ギター)は2枚のサントラ『There Will Be Blood』(2007年)、〈ノルウェイの森〉(2010年)を制作。フィル・セルウェイ(ドラムス)も初のソロ・アルバム 『Familial』(2010年)をリリースするなどメンバーのソロ・ワークが散発的にあったなかで突然発表された今回の『King Of Limbs』は、ひとつの大きな物語を感じさせた『In Rainbows』に比べると内省的な空気に包まれている。8曲入りで40分未満というヴォリュームも小ぶりで、ドラマティックな山場があるわけでもな く、あっという間に聴き通してしまえるアルバムだが、気がつけば何度も聴き直してしまう——そんな不思議な中毒性のある一枚ではないだろうか。

 

未来の音楽の雛形

なかでも強い存在感を放っているのがビートだ。オープニング・ナンバー“Bloom”では、高速で反復するビートと細かな電子音やノイズが複雑に絡み合い、まるで顕微鏡で覗いたミクロの世界を高速度カメラで再生しているようなイメージ。そして、それを俯瞰するように、トム・ヨークのメランコリックな歌声とストリングスがレディオヘッド的叙情で曲を包み込んでいく。続く“Good Morning Mr. Magpie”や“Little By Little”でもビートの存在感は際立っていて、曲の持つ不穏でサイケデリックな雰囲気はますます濃厚になり、本作でもっともアブストラクトなナンバー“Feral”で緊張感は頂点を迎える。トラックの向こうから途切れ途切れに聴こえるトムのヴォーカルは、まるでサイバー空間を漂うゴーストのようだ。

この“Feral”をひとつの区切りとして、アルバムはメロディアスな後半へ。シングル・カットされた“Lotus Flower”はタイトなビートに拮抗する優美なメロディーが魅力で、トム・ヨークのファルセット・ヴォイスをたっぷり味わえる。続く“Codex”では ビートは姿を消して、トムがピアノの伴奏でしっとりと歌うロマンティックなバラード。その穏やかなムードを受け継いで、“Give Up The Ghost”のイントロでは鳥のさえずりが聴こえてくる。今回のアルバム・タイトルはイギリス南部ウィルトシャーの森に実在する樹齢千年のカシの木からきているそうだが、同曲はアコースティック・ギターの清冽な音色に導かれて、太古の森を静かに彷徨うようなスピリチュアルなナンバーだ。

でも、そんな白昼夢から目を覚まさせるように、ラスト曲“Separator”ではふたたび力強くビートが刻まれて〈Wake Me Up〉とトムが歌う。そんなふうに、実験性とメロディーというレディオヘッドの魅力がわかりやすく、コンパクトに伝わってくる本作。前作でも“15 Step”というビートを強く意識したナンバーがあったが、ミニマルで呪術的なビートをサイケデリックなサウンドが生み出す独特のグルーヴ感は、カンからフライング・ロータスあたりまでを彷彿とさせる。

また、今回もプロデュースはナイジェル・ゴッドリッチで、曲のミックスや音色は官能的。まるでベッドルームで録音したみたいな親密な質感も魅力だ。実験を繰り返してきたレディオヘッドが新しい成熟を前に微睡んでいるようでもあり、彼らが夢見る未来の音楽の雛形がここにあることは間違いないだろう。

 

▼レディオヘッドのアルバムを紹介。

左から、92年作『Pablo Honey』、95年作『The Bends』、97年作『OK Computer』、2000年作『Kid A』、2001年作『Amnesiac』、2003年作『Hail To The Thief』(すべてParlophone)

 

▼関連盤を紹介。

左から、トム・ヨークの2006年作『The Eraser』(XL)、ジョニー・グリーンウッドの2007年作『There Will Be Blood』(Nonesuch)

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