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ムラッド・メルズキ(カンパニーカフィグ主宰)

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公開
2011/07/19   18:49
更新
2011/07/19   19:40
ソース
intoxicate vol.92 (2011年6月20日発行)
テキスト
interview & text:若林恵

「AGWA」©Michel Cavalca

マグレブ系フランス人が手掛ける「劇場型」ヒップホップダンス

いつ頃か街中の公園や路上などでダンスをしている若者を多くみかけるようになって、ストリートダンスというものがひとつのサブカルチャーとして根付きつつあるんだろうことは薄々とは感じていたものの、日本におけるダンサーの実数が200万人にも上ると言われると、あまり軽く見てはいけないなという気にはなる。加えて、YouTubeのおかげで、世界のストリートダンサーたちは瞬時に情報(=新しいステップやムーヴ)を交換しあうことができるようになり、ダンスは猛スピードでハイブリッドしながら進化していると言われる。世界中の新テクノロジーや革新的なアイディアを紹介することで知られる『TED』の主宰者クリス・アンダーソンは、クラウドによって推進される21世紀の新しいイノベーションのかたちの象徴的な一例として〈ストリートダンス〉を取りあげているのは注目すべきことだろう。

こうした何百万、何千万という世界中のキッズたちと同じように、ムラッド・メルズキもまたフランスのリヨンの路地でヒップホップ・ダンスを踊りはじめた。YouTubeには間に合わなかった世代だが(1973年生まれ)、彼はそれをコンテンポラリー・ダンスのひとつとして価値づけし直し〈劇場〉に持ち込むことに成功した。ヒップホップ・ダンスの新たな可能性を切りひらいたイノベイターということになるだろう。「ヒップホップ・ダンスとコンテンポラリー・ダンスの融合」などと言ってしまうと途端に陳腐だ。むしろ、メルズキの感性は明らかにグローバル化する現在のストリートダンサーたちと共振しているはずだ。彼が率いるカンパニーは〈カフィグ〉という。ドイツ語とアラビア語で、〈鳥かご〉を意味する。

「フランスでヒップホップ・ダンスは、おもに郊外出身の移民の若者の間で広まりました。彼らは社会から阻害され、そういう意味で囲いこまれた状況にあるわけです。一方で、クラシック・バレエの踊り手のような人たちは、逆に伝統といったようなものに囲いこまれているわけですね。そういう自分たちの状況、ダンスの状況を考えてみたら〈鳥かご〉という言葉はとても象徴的なものに思えたのです」

北アフリカのベルベル族にルーツをもつメルズキがその名前に込めたメッセージは明らかだろう。人種や社会的階層、ジャンルという〈鳥かご〉に閉じ込められた身体を解き放てということになるだろう。そして同時に、それはストリートと劇場、あるいはストリートアートとハイアートといった垣根を越えていけ、というメッセージにもきっとなる。

 

「とはいえ、はじめた頃はやっぱり批判されたんです。リヨンでは劇場に関わる人たちがストリートダンスに対して理解があったので劇場で踊ることはそんなに難しくなかったのですが、パリではやはり時間がかかりました。加えて、ストリートの側からも『体制に取り込まれた』といったことを言われましたが、劇場で踊ったり大きいフェスティバルに出ることで、ストリートダンスがもっているメッセージを広く知らしめることの意義を徐々に理解してもらうことができるようになりました。もっともこれは劇場で踊るようになってもストリートで踊り続けてきましたからだと思います。ストリートで踊ることは今でも私にとっては大きな楽しみなのです」

メルズキのダンスの核にある〈ストリート〉は、しかしながら、固定したジャンルを意味しない。ヒップホップというジャンルに固執した瞬間、それは新しい〈鳥かご〉となる。むしろ即興性やバトル性、そして社会性こそがストリートダンスの本然であり、またそう考えるからこそ、今回上演される『AGWA』『CORRERIA』でファヴェーラ育ちのブラジル人ダンサーの起用が可能となる。世界に共通するストリートのエトスとでもいうべきものを手がかりに、メルズキは、さまざまな地域のローカルなスタイルやコードをヒップホップのなかに取り込んでいく。そしてそれらをあえてせめぎあわせることで、新しい身体のかたちを模索していく。

「ヒップホップ・ダンスのコードはいまや世界の共通言語といっていいと思います。しかし、アフリカやロシア、韓国とそれぞれの場所でスタイルがちょっとずつ違うんです。地域によって独自にヒップホップのスタイルが発展しているんです。そこが、面白いところなんですね」

音楽についていうなら、ブラジルの動きにあえて東欧の音楽をぶつけてみたり、ヒップホップであるにもかかわらず北アフリカやアンダルシア地方の音楽をあわせるといった実験的な試みも彼は厭わないが、それをことさら実験などと言わず、「身体を使ったマッシュアップ」とでもみなすほうがむしろ彼の意図を的確に浮き彫りにすることになるのかもしれない。メルズキが今回参加する『KAAT ストリートダンスフェスティバル』には、彼のほか、韓国からもダンスチームが参加する。彼らの身体を通じて、ぼくらはグローバルなコードとローカルなスタイルとのスリリングなせめぎあいを楽しむことになるのだろう。

KAAT STREET DANCE FESTVIAL


ムラッド・メルズキ

7.30(土)-8.7(日)
会場:KAAT神奈川芸術劇場
http://www.kaat.jp

ムラッド・メルズキ主宰「カンパニーカフィグ」による『AGWA』は8/5日(金)19:00〜、8/6(土)13:30〜、8/7(日)13:00〜、『CORRERIA』は8/6日18:00〜上演予定。