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ハンサムケンヤ

連載
SPECIAL FEATURE
公開
2011/08/18   17:14
更新
2011/08/18   17:43
ソース
bounce 335号 (2011年8月25日発行)
テキスト
インタヴュー・文/宮本英夫

 

京都の山間から姿を現した、正統派ながら規格外のシンガー・ソングライターが初のフル・アルバムを発表!

 

ハンサムケンヤ_A

 

どんなムーヴメントとも関わりなく、京都の山奥からひょっこり現れ、二十歳前後の若者の日々のあれこれをセキララに、人懐っこいポップなバンド・サウンドに乗せて歌う正統派シンガー・ソングライター、ハンサムケンヤ。彼はこの春大学を卒業し、決まっていた就職先を蹴り、一生を懸けたミュージシャンへの道をゆっくりと歩み始めたところだ。

「その判断が合ってるかどうかわからないですけど、会社に勤めながら音楽活動をするのは中途半端だと思ったので、いまはこれしかないと思ってます。親には勘当されましたけど(苦笑)」。

音楽のルーツはビートルズ。メロディーの良さやサウンド表現の幅広さはもちろん、「おもしろいことをしようというチャレンジ精神にいちばん影響を受けた」というから、表面的なスタイルの模倣には興味がない。手作りアニメによるプロモ・クリップがYouTubeで100,000再生を超えた“これくらいで歌う”を収録し、今年5月に発表したミニ・アルバム『これくらいで歌う』は、軽やかな打ち込みのリズムとシンセを多用したオシャレでクールなポップス集といったイメージだったが、このたび届けられたファースト・フル・アルバム『エフコード』のアプローチはまたかなり趣が異なっている。

「今回は生演奏を重視して、打ち込みはまったく使ってないんです。僕のデモ音源を京都のミュージシャンにアレンジしてもらって、あれこれ言いながら半年間かけて作ったので、現時点で僕のベスト・アルバムのような気持ちですね」。

アコースティックな手触りながら、骨太なバンド・サウンドがズシリと響く“決心速度”で幕を開ける全12曲は、4ピースのバンドにピアノやヴァイオリンなどを程良く加えた、心地よいレトロ感のあるもの。無用な刺激物を排した柔らかい音だが、核となるハンサムケンヤの歌はまるで怒れるフォーク・シンガーのように、情熱溢れるものとしてまっすぐに届いてくる。

「僕が音楽を聴く時は、音楽しか聴かないんですよ。歌詞カードを見ながら部屋で正座しているイメージなんですけど、大学の友達の家に遊びに行ったりすると、とりあえず音楽をかけてしゃべりだすみたいな感じで、そういう音楽にはなりたくないなとずっと思っていたので。一対一で聴いてほしいし、何か他のことをしながらの作業用BGMではなく、むしろ作業妨害BGMになりたいです。聴きながら何かしようと思ったけど、曲が離れなくて何も手につかなくなるような」。

“決心速度”の1行目〈今目の前には先の見えない暮らし/そして先の見えすぎる暮らし〉というフレーズに象徴される、2011年を生きる23歳のリアルな心中を他人事と思えない人も多いはずだ。空回りと高揚感が交錯する日々を〈これが僕の日常〉と歌う“アイキャッチ”、〈僕らの世代は音楽を聴き流し/そこにどんな意味があるのか知らず/今夜もマルチなメディアで夜を過ごす〉というフレーズが光るタイトル曲“エフコード”。そして〈ここから始まる12曲の思いを/ダウンロードだけで受け止めてほしくない〉と歌い放つ“ダウンロード世代”――。決して明るくはない言葉たちが不思議に愛おしく、前向きなものとして聴こえてくるところに、ハンサムケンヤの音楽の深さはある。

「僕自身も音楽を作るまでは、思春期の悶々とした悩みをいろんな歌……音楽に限らずいろんなものと重ねて溶かしていってたので。たぶん音楽を作っていなかったら、そのままズーンと底まで落ちてたと思うんですけど、底に落ちる前に曲にして自分の頭からその悩みを取り外すような感覚なんですよ。狙って曲を作っているわけじゃなくて、素のままで書いているので、たぶん僕と同じような暮らしをしている人には突き刺さるんじゃないかなってすごく思います」。

マドンナや宇多田ヒカルを手掛けたことでも知られ、〈4人目のYMO〉とも呼ばれたGOH HOTODA、忌野清志郎や遠藤ミチロウなど手掛けてきたkoni-youngという高名なベテラン実力派が、ハンサムケンヤの音楽を気に入り、本作のミックス・エンジニアとして参加していることも最後に付け加えておこう。また、彼のもとに届く熱烈な支持のメッセージには、10代や20代のみならず40代……果ては60代からのものもあるとか。その音楽と言葉が時代を超えた普遍性を持っている、何よりの証明だろう。