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いま改めて考える、シド・バレットの〈狂気〉と願い

連載
久保憲司のロック千夜一夜
公開
2011/10/05   18:00
更新
2011/10/05   18:00
テキスト
文/久保憲司



ロック・フォトグラファーとして活躍、さらにロック・ジャーナリストとしての顔も持つ〈現場の人〉久保憲司氏が、ロック名盤を自身の体験と共に振り返る隔週コラム。今回は、全14作品がリマスター盤として登場したピンク・フロイドの『The Dark Side Of The Moon』について。〈狂気とは何か〉を深く考えるという行為こそが、この希代のアルバムの正体。そして本作をもって、彼らはシド・バレットの願いを叶えたのだ――。




ワクワク。なんでこんなにワクワクするのかわからないですけど、とにかくピンク・フロイド『The Dark Side Of The Moon』のリマスターなのだ。ボックス・セットも凄いことになっている。詳細を見てもらうとわかると思うけど、ビー玉などがついている。欲しい。でも、いちばん興味津々なのは、74年の『The Dark Side Of The Moon』の再現ライヴ音源ですよ。聴きたい。でも、もう在庫切れなんですよ(編集部註:店舗によっては在庫があります)。値段も高い。どうしたものか、気が狂ってしまいそうです。

若い人には全然、わからないんでしょうね、この気持ち。でも、通常盤は買えるので、音が良くなった『The Dark Side Of The Moon』を聴いてもらって、なぜこのアルバムが凄いか感じてほしいです。

日本だとオッサンばっかりが買っていると思うのですが、海外ではもうレディオヘッドだろうが、ニルヴァーナだろうが、オアシスだろうが、全員『The Dark Side Of The Moon』を聴いてます。クラシックです。絶対聴かないとダメなアルバムです。


なぜ『The Dark Side Of The Moon』が海外の若者にいまも人気があるかというと、それは海外では〈初めてLSDをやる時に聴くアルバム〉とされているからです。心臓の音のようなドラムから始まって、お金を呑み込むキャッシャーの音、気がふれた人の笑い声など、聴いていると本当に頭がおかしくなりそうなんですけど、こんなので本当にトべるんですかね。

最後の“Brain Damage”“Eclipse”の開放感はLSDでトンでいるとすごく気持ちが良さそうですけど。僕は恐くってできないです。

このアルバムがドラッグ・アルバムとされたのは偶然なんです。もともとこの作品は、人間が生きているとどんどん出てくる不安や孤独に繋がるもの――プレッシャーや悩みなどを、どうやって解決するのかというのがテーマになっています。これはこの後ピンク・フロイドの最大のテーマとなっていくんですが。

他にもこういうことを歌っているバンドはいるんですが、ピンク・フロイドにとっては、それは絵空ごとではなく、とってもリアルな問題だったのです。彼らのメンバーの一人、メンバーというか友人であるシド・バレットが、プレッシャーや悩みからか、ドラッグのせいなのかいまとなってはよくわからないのですが、あちらの世界に行ってしまったからです。


メンバーは最後の最後までシドが何とか元に戻らないかと努力を続けます。シドの2枚目のアルバム『Barrett』の名曲“Baby Lemonade”を聴いてください。デイヴ・ギルモアら参加ミュージシャンたちが、シド・バレットに一生懸命合わせようとしている感じがわかると思います。僕はシド・バレットの誰とも合わせない感じが狂気に思えて仕方がないです。何度聴いても涙します。そして、ジョン・レノンに匹敵するくらいの才能を持った彼の名曲の数々が原石のまま転がっている感じは本当に痛ましいです。

気が狂うって、どういうことだろう。僕にはわかりません。ピンク・フロイドのメンバーもたぶんまったくわからなかったのだと思います。だからこのアルバムを作ったのです。

そんな疑問を他のどんなロック・ミュージシャンよりも深く考えたという行為――それが、ロック史に残る名盤であり、全米チャートに15年連続ランクインし、全世界で4,500万枚を売り尽くしたアルバムの正体なのです。


彼らがどれだけ真剣なのかは「Pink Floyd Live at Pompeii」を観ればわかります。この『The Dark Side Of The Moon』のレコーディング風景が撮られています。ロジャー・ウォーターズが気が狂ったかのように、シンセサイザーをいじってます。凄くかっこいいです。

だからこそ、〈俺は気が狂っているんだろうか? 俺は孤独なのだろうか?〉という疑問の答えを知りたくて、たくさんの人がこのアルバムを買うのです。いまも。

子供の頃はそれがどういうことなのかよくわからなかったですけど、いま一度歌詞カードを片手にいろいろ調べていきたいです。


でも、今回聴いて凄くわかったことがあるんです。ピンク・フロイドというのは凄くビートルズになりたいバンドでした。プロデューサーがビートルズのエンジニアだったノーマン・スミスだったのもそういうことだと思うし、このアルバムのまとめ役にクリス・トーマスを起用したのはクリスがジョージ・マーティンのアシスタントだったからだと思います。

そんなピンク・フロイドは、この作品でついにビートルズに匹敵するオリジナルのサウンドを作ったんだな、と思うんです。ビートルズの『Abbey Road』の延長線上にあるような凄いアルバムを。それはシド・バレットの念願だったと思うんです。それをついに他のメンバーが叶えてあげたような気がするんです。

ピンク・フロイド、聴いたことがない人もある人も、いま一度お試しを。

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