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ペドロ・コスタ『何も変えてはならない』

公開
2011/10/18   12:04
ソース
intoxicate vol.93(2011年8月20日)
テキスト
text:甲斐田祐輔(映画監督)
ペドロ・コスタの静かな大冒険、いま〈ここ〉にいること。

ペドロ・コスタがデプレシャンやジャック・リヴェットの映画のヒロインでもあった女優、ジャンヌ・バリバールのもう一面でもある歌手のドキュメント映画を撮っていたという。まったく想像がつかないまま、みた。これは一体なんなのか? そのものを語っていることが、語れている訳ではない。音楽がただ鳴っているモノが音楽映画とは思わない。この映画は決して誘導するような、わかりやすい物語があるような、いわゆる音楽ドキュメンタリーではなく、間違いなくフィクション、しかも強度の。これは本当の〈音楽映画〉だった。

今作の〈主演女優〉でもある歌い手ジャンヌ・バリバールは決して正面から歌いあげることなく、常に彼女の顔にはノワールかと思われるくらい常に影がさしている。そして一緒にいるはずの仲間達も声はするが、位置関係はよくわからない。しかし、その状況を飲み込めないが故に、この不可思議な映画をさらに魅惑的にさせている。ジャンヌも彼女自身ではあるが、彼女ではない。オペラのリハーサルや、レコーディング、楽屋でみせる顔はその都度違ってみえる。ある時は往年のハリウッド女優、ある時は存在がおぼろげな亡霊といったように…。加えてどうやらこのタイトルはロベール・ブレッソンの言葉から来ているらしく(実際に読まれるテキストはジャンヌがゴダールに読んでもらってテープを送ってもらったみたい)、固定された画面に4:3のスタンダードサイズでもある。もちろんジャンヌ・バリバールもブレッソンいうところのただ存在しているだけである。

ペドロ・コスタはますます映画とは何か?という疑問に迫って来ている。どこにいきつくかわからない旅を登場人物と共に(たぶんペドロも)発見することを楽しみ、映画を身軽に更新させていく。具体的にいうとサイレント期の分岐点まで戻っている感じだろうか。

この流れでペドロ・コスタの興味深い前作、ストローブ=ユイレ出演の『あなたの微笑みはどこに隠れたの?』からブレッソンの一連まで遡ってみなおしたい。ここにフィクションの秘密が隠されていると思う。