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サイモン・ラトル『ブラームス:ピアノ四重奏曲(管弦楽版)』

公開
2011/10/18   11:56
ソース
intoxicate vol.93(2011年8月20日)
テキスト
text:桐島友(横浜モアーズ店)
3大指揮者キャンペーン対象商品として5タイトルがSACD化で再発売!


近現代の作品を得意とし、知的な指揮者といったイメージが強いラトル。そんな彼が今回取り上げたのは、ずばり、シェーンベルクの作品です。ご存知のとおりシェーンベルクは20世紀の音楽に多大な影響を与えた重要人物。彼の名前を聞いた途端に〈無調〉や〈12音技法〉などの音楽用語をイメージし、苦手意識を感じてしまう方も少なくないかもしれません。でも心配ご無用。このアルバムのメインはシェーンベルクが編曲した、ブラームス《ピアノ四重奏曲第1番》の管弦楽版ですから、ひとまず〈無調〉や〈十二音技法〉は関係ありません。初心者の方でも安心ですね。さて、ラトルの大のお気に入りであり、近頃はすっかり有名になったこの編曲版、その管弦楽法がブラームスらしくないということで、昔から賛否両論がありました。第1楽章など、最初の方はいかにもブラームスっぽい見事な編曲なのですが、終楽章の〈ジプシー風ロンド〉にいたってはやりたい放題。シンバルや大太鼓のみならず、タンバリンやシロフォンにいたるまで、多数の打楽器が動員され、オーケストラの全楽器が技巧的なパッセージで入り乱れる、非常にスリリングな楽章へと書き換えられているのです。これはこれで楽しく、エキサイティングで素晴らしい編曲なのですが、原曲が好きな人なら顔をしかめるのも無理はないでしょう。しかし、ラトル&ベルリン・フィルによる今回のこの演奏は、そんな問題などどうでもよくなってしまうような圧倒的な名演です。ラトルの明晰な指揮は強奏時でもすべてのパートをしっかりと聞かせ、さらに縦横の絡みを適切に処理することで、この編曲が只者ではないことをはっきりと示しています。またこれは後の2曲についても言えることなのですが、全体的に難度の高い技巧的な作品の中で、ラトルの指示を正確に表現してゆくベルリン・フィルの高度なアンサンブル能力、これも驚くべきものです。厚みのある低音楽器群は常に安定しており、管・打楽器の反応の良さは聴いていて爽快なくらい。もちろん弦楽パートも美しく揃い、たっぷりとした響きを聞かせてくれます。試しにこの完璧なアンサンブルで奏される、怒涛の終楽章を聴いてみてください。おそらくブラームス的かどうかなんて考えることも忘れ、誰もがこの素晴らしい音楽に聴き入ってしまうはずです。

他の2つのオリジナル作品についても触れておきましょう。《映画の1場面への伴奏音楽》は実験的な映画のために書かれた、十二音技法(遂に来ましたね!)を用いた作品。旋律らしきものは全くないのですが、意外や意外。様々な楽器の音色を追いかけ演奏の巧さに聴き入っていると、先ほどの終楽章と同じような感覚で楽しめてしまいます。そして《室内交響曲第1番》の管弦楽版。一応ホ長調という調性がありますが、無調との狭間にあるような作品で、こちらも決して親しみやすいとは言えません。それなのにラトルの演奏にはしっかりとした説得力があり、聴いているとぐいぐい引き込まれてしまいます。これが近現代ものを得意とするラトルの力なのでしょうか。物語性まで感じさせるような演奏には正直驚いてしまいました。

以上のように、今回のアルバムは選曲も良く、ラトル&ベルリン・フィルの実力、そしてシェーンベルクの魅力がストレートに伝わる1枚に仕上がっています。さらに嬉しいことに、今作はSACDハイブリッド盤でのリリース(輸入盤は通常仕様)。それに加え、9月下旬には今までに発売されていた以下の5タイトルもSACDとなって登場します!スコアを緻密に読むラトルのことですから、情報量の多いSACDによってさらなる魅力が明らかになることは間違いないでしょう。これはとても良い機会ですから、世界最高峰のコンビによる名演を是非多くの人に楽しんでもらいたいと思います。まずはこちらの最新盤からどうぞ!