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映画『天国からのエール』

公開
2011/10/18   11:48
ソース
intoxicate vol.93(2011年8月20日)
テキスト
text:桑原シロー
奇跡の物語は弁当屋で生まれた



沖縄の青い空の下、黒いTシャツ姿の阿部寛の長身が実に映えているのである。そういえば、沖縄県の男性の平均身長って確かかなり低かったはず、とか、李闘士男監督作『てぃだかんかん~海とサンゴと小さな奇跡』で主人公を演じた岡村隆史はやたらと小さかったなぁ、などとぼんやり思い出したりしながら、スクリーンの中央に屹立する彼を眺めていた。沖縄でオールロケされた映画『天国からのエール』において、彼の頭は出演者の誰よりも太陽に近いところにある。その高さから愛すべき人、大事な街を見下ろす彼の目線が温かくていい。

阿部寛が演じたのは、沖縄県の北部、本部町にある音楽スタジオ〈あじさい音楽村〉の創設者をモデルとした主人公。モデルとなった仲宗根陽さんは、近所の高校生たちがバンドの練習をする場所がないことを知り、私財を投げ打って自身が営んでいた〈あじさい弁当〉の地下に無料のスタジオをオープン。やがて音楽好きの若者たちが集まるようになったそのスペースは彼らの夢や希望で満たされていき、さまざまな奇跡の物語を生み出していく。この実話は書籍『僕らの歌は弁当屋で生まれた・YELL』として2010年に刊行されており、話題となった。

タイトルに〈天国〉と付けられているのは、仲宗根さんが2009年に42歳の若さで腎臓がんのために亡くなっていることから。ストーリーも、愛情と幸福に溢れた彼の晩年を追ったものである。

ここでの阿部はワイルドにギターを掻き鳴らしたりすることもなければ、ハードにドラムスティックを振り回したりもしない。彼が手にするのは毎日ジュージューと音を鳴らすフライパン、あるいは無骨なコンクリートブロックだったりする(スタジオは彼と高校生たちの手作りである)。つまり音楽に関してずぶの素人であり、理想のサウンドを得るために試行錯誤を繰り返す高校生バンドを腕組み状態でただただ見守っているだけなのである。ただし、時に若者以上にガムシャラで向こう見ず、人一倍人情に厚い彼の行動は、彼らが奏でる音楽に大きな影響を与えていく。

みんなから〈ニイニイ〉と呼ばれて慕われる主人公が放出する大きな愛情。その愛情の形が阿部寛のフォルムそのものなのである。不器用な優しさを滲ませた彼のキャラクターが澄み切った画面のなかでで大きく映える。広い背中からオーラのようにエールを発信する彼の物静かな演技が全編で眩く光っているのだ。

メガホンを取ったのは、犬童一心や森田芳光のもとで助監督を務めながらキャリアを重ね、これが長編監督デビュー作となる熊澤誓人。余命短い主人公と音楽に熱中する高校生たちの交流を手堅く演出するここでの彼は、登場人物たちの生活のリアルな風景をカメラに収めようと注力している。主人公に背中を押してもらいながら持っていた実力を伸ばしていく高校生バンド、ハイドランジアの描き方も生き生きとしていて良い。桜庭ななみが率いるこのバンド(彼女はヴォーカルとギターを担当。実際に歌と演奏を披露している)は、ニイニイとの出会いを経てやる気を見出し、有名な音楽フェスに出演するまでに成長していく。彼らの絆を強めるためのケンカシーンも随所に用意されているが、弾けるような演技が見られ、こちらもワクワクさせられる。彼らのサイダーの泡のような爽やかさも間違いなく本作の魅力といえよう。

エンドロールで流れる主題歌《ありがとう》を歌うのは、3ピース・ガールズ・バンド、ステレオポニー。音楽の甲子園と呼ばれる10代限定の夏フェス『閃光ライオット』の出場をきっかけにスカウトされ、デビュー4か月後にはアメリカ最大の音楽コンベンション『SXSW』に出演したことで知られる彼女たちは、あじさい音楽村の出身者だ。仲宗根さんが唯一スカウトして結成されたバンドが、いまは亡き父への思いを込めた歌を演奏し、映画を鮮やかに締め括る。もっとも感動的な演出はエンディングに待っているのだった。

映画『天国からのエール』
監督:熊澤誓人
脚本:尾崎将也 うえのきみこ
原案:「僕らの歌は弁当屋で生まれた・YELL」(リンダパブリッシャーズ刊)
主題歌:「ありがとう」ステレオポニー(ソニー・ミュージックレコーズ)
出演:阿部寛 ミムラ 桜庭ななみ 矢野聖人 森崎ウィン 野村周平
配給:アスミック・エース(2011年 日本 114分)
10/1(土)全国ロードショー
© 2011『天国からのエール』製作委員会
http://www.yell-movie.com