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山田一雄『マーラー:交響曲第9番』

公開
2011/10/17   14:38
ソース
intoxicate vol.93(2011年8月20日)
テキスト
text:池田卓夫(音楽ジャーナリスト)
いまヤマカズの時代が来た!

2011年はマーラーの没後100年と日本の大指揮者、山田一雄の没後20年が重なった。山田はマーラーが亡くなった翌年、1912年の生まれだから早いもので来年は生誕100年だ。

1912年はマエストロ豊作の年。チェリビダッケ、ザンデルリンク、ラインスドルフ、ショルティ、ライトナー、ヴェーグらと山田は同い年だ。第1次、2次の両世界大戦のごく短い谷間に輝いた自由で、文化ゆたかな時期に多感な青少年期を送り幅広い教養を身につけた世代である。永遠の青年を想わせた山田の風貌には「大正デモクラシー」の残照があった。

昭和30年代(1956-65年)に生を受けた私たちは山田や渡邉暁雄ら大正生まれの指揮者の品性たしかな音楽に魅了され、演奏会場へ通いつめた世代に属する。同世代のレナード・バーンスタインが米国で「マーラーの時代が来た!」と宣言したのは60年代だが、日本では70年代半ばにブームが訪れ、山田と渡邉が競い合うように交響曲を紹介し続けた。ただ、その功績で毎日芸術賞を授かった渡邉に比べ、山田のマーラーへの評価は定まらなかった。「指揮台で無意味に飛び跳ねるだけ」とする酷評を雑誌で読み、憤慨した覚えすらある。

作曲家や作品、そこに籠められた音楽すべてを無条件に愛しラブレターを開封するような心で楽譜を読み、小柄な全身に全霊をこめてオーケストラへも共感を浸透させ、聴衆を大きな感動の渦へと巻き込んで行く。ある意味、最上のアマチュア音楽家と尊敬できるナイーブさが〈プロ〉の批評家には許しがたく、ファンの私たちには激しく魅力的だった。25年ぶりに陽の目をみた新日本フィルハーモニー交響楽団との『交響曲第9番』のライヴでも「世紀末前後の諦念」といった俗説に見向きもせず、マーラーが音楽の未来に託した希望を全面的に肯定したのだろう。冒頭から不思議なほどの明るさに満ち、作曲者&指揮者としてキャリアの絶頂にあったマーラーの濃密な筆致をたっぷりと歌わせながら進む。いま聴いて全く古さを感じさせない点も見事。「ヤマカズの時代が来た!」と声を大にしたい。