こんにちは、ゲスト

ショッピングカート

NEWS & COLUMN ニュース/記事

タムラ・デイビス『バスキアのすべて』

公開
2011/10/20   13:20
ソース
intoxicate vol.93(2011年10月10日)
テキスト
text:村尾泰郎

NYが生んだお伽噺、バスキアという伝説


NYアート・シーンが生んだ数多くの伝説のなかでも、80年代を代表する〈名作〉といえば、ジャン=ミッシェル・バスキアだろう。「とにかく有名になりたかった」無名の黒人青年が、17歳で〈SAMO〉名義で街中にグラフティを描き散らして注目を浴びる。そして、〈クラブ57〉に入り浸って無名時代のヴィンセント・ギャロとバンドを組み、街角で見かけたアンディ・ウォーホルに手製のポストカードを売りつけて、ついには画家としてセンセーショナルなデビューを飾る。バスキアの軌跡を追いかけただけで、NYアンダーグラウンドのカルチャー・マップが浮かび上がってくる。そして、そんな伝説の男の生涯に迫った初めてのドキュメンタリーが『バスキアのすべて』だ。

監督はバスキアの友人だった映像作家のタムラ・デイヴィス。バスキアが亡くなる2年前に彼女の自宅で撮ったインタヴューが冒頭で紹介されるが、そこに映し出されたバスキアはすっかりくつろいで、成功を収めた才能溢れる若者らしく不遜で無邪気な笑顔を浮かべている。そのインタヴュー映像は、バスキアの死後、編集されることなく20年以上も監督の机の中で眠っていたらしく、映画はその貴重な映像を軸に構成されている。映画を通じて浮かび上がってくるのは、自分の才能を無邪気に信じて、子供みたいにワガママに生きた天才の姿だ。その甘いマスクと人懐っこさを武器に、金がない時はガールフレンドの家を泊まり歩き、「あなたも働いて!」と言われて始めた仕事は「僕には無理だ」と泣きながら訴えて一日で辞めてしまう。そして、画家として成功してからは毎晩のようにパーティーを開き、銀行に口座を作らず金は無造作に部屋に放置する。子供の頃に事故で生死を彷徨って以来、バスキアは天国から迷い込んだ天使のようにフラフラとNYを彷徨い続けた。その現実感のないサクセス・ストーリーはNYが生んだお伽噺のようでもあり、バスキアを知る事は80年代のNYを知る事でもあるのだ。