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Youn Sun Nah『セイム・ガール─コレクターズ・エディション』

公開
2012/02/14   19:25
ソース
intoxicate vol.95(2011年12月10日発行)
テキスト
text:若林恵

彼女はただの怖いもの知らずではない

フランスのキーボード奏者バンジャマン・ムセーとともに韓国の音楽番組『Music Travel Lalala』に出演した際の《Uncertain Weather》と、北欧のトランぺッター、マティアス・アイクとのデュオコンサートで歌った《Same Girl》。アジアNo.1のジャズヴォーカリスト、ユン・サン・ナにちょっとでも興味のある人は、まずはこのふたつの動画を見てほしい。前者では、歪んだエレピに乗せてブズーキで大胆なソロを聞かせ、後者では、手回しオルゴールを回しながらランディ・ニューマンのメロディを切々と歌う。ユン・サン・ナの最大の魅力は、ここに見られるような果敢な実験精神にある。最新アルバム『セイム・ガール』に収録されたメタリカの《Enter Sandman》のカヴァーをギミックだと思うなら、一度ライヴ演奏を見てみるといい。その鬼気迫るパフォーマンスは、気の弱い人なら腰が引けてしまうほどかもしれない。

前作よりドイツの名門【ACT】と契約し、彼女の歌声は、ヨーロッパ全土で確固たる認知を得ることに成功した。ラーシュ・ダニエルソン、ウルフ・ワケニウス、マティアス・アイクといった北欧の俊英をバックに従え、その音楽はジャズという枠すら離れて独自の世界を掴んだ。透明感のある声はスカンジナビアの音と重なり合うことで一層厳しく研ぎすまされ、アジアでもヨーロッパでもない未知の場所へと聴き手を引きずりこむ。そして続く本作で彼女は、さらに贅肉を落としてきた。一瞬の気のゆるみも無駄もない歌と演奏は、ストイックながらも躍動感に満ちて、すみからすみまでスリリングだ。女性ヴォーカルものにおいて流行りのフォーキー路線に決然と背を向け、ヨーロッパジャズの最前衛を彼女は自分のリングと見定める。その歌は、やはり近年の北欧ジャズの果敢さと怜悧さに親しんだ聴き手にこそ馴染み深いものであるはずだ。