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大谷能生『Jazz Abstractions』

カテゴリ
o-cha-no-ma LONG REVIEW
公開
2012/07/02   13:32
ソース
intoxicate vol.97(2012年4月20日発行号)
テキスト
text:土佐有明

ジャズはヒップホップにいかにして作用するのか


Yoshio_Ootani

音楽家/批評家の大谷能生がブラック・スモーカーから放つソロ作は、「1曲に付きひとりのジャズメンのポートレートを、ある曲ではアブストラクトに、ある 曲でもフォト・モンタージュ風に」(大谷のライナーより)作曲したというアルバムだ。取り上げられているジャズメンは、セロニアス・モンク、ジョン・コル トレーン、エルヴィン・ジョーンズ、チャールズ・ミンガス、アルバート・アイラー、マックス・ローチ、ボブ・ジェームスといったところ。今は亡き巨人たち の肖像から大谷が召還しようとしているのは、彼らのジャズの演奏技術というよりは、演奏の現場に鳴り響いていた、空気感や肌理のようなものだ。例えば、演 奏中の観客のひそひそ話、ナイフやフォークが食器に当たる音、ジャズメンの演奏前の何気ない会話、演奏後のさりげない拍手などが、その時の〈気配〉を如実 に伝える。人によっては雑音でしかないだろうこれらの音は、硬質なトラックの上で、クールでエレガントな、しかし不穏な雰囲気も湛えた〈音楽〉として機能 している。ライヴ盤でジャズの面白さに目覚めたという大谷らしいコンセプトである。

そして特筆すべきは、3曲で大谷がリリックを書き、自身でもラップを披露していること。元々批評家として植草甚一のテキストを精読する著作を上梓したり、 古典を読み込む作業を続けてきた〈言葉フェチ〉である大谷にとって、音楽でも言葉を紡ぐことは必然的な帰結だったように思える。加えて、堀江敏幸のテキス トを朗読した『「河岸忘日抄」より』でも顕著なように、彼はうっとりするような美声の持ち主でもある。昨今、DCPRGの新作にもラッパーとして参加した のも記憶に新しいが、官能的で密室的な翳りを湛えたラップには抗いがたい魔力がある。

ジャズとヒップホップの関係性を問い直す作品、と難しく考えずとも、ジャズの〈気配〉を感じ取り、酩酊しながら鋭い言葉に射抜かれる快楽を味わうだけでも、一聴の価値がある作品だと思う。