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Neneh Cherry & The Thing『チェリー・シング』

カテゴリ
o-cha-no-ma LONG REVIEW
公開
2012/07/18   23:04
ソース
intoxicate vol.98(2012年6月20日発行号)
テキスト
text:南部真里

北欧の轟音トリオがネナ・チェリーを担ぎ出した理由

まっとうなアコースティック編成なのにタタラを踏んだような苛烈さを演奏に散りばめたせいで、ポストパンクのにおいさえ漂わせる北欧のジャズ・トリオがグループ名の由来となった《The Thing》(『Where Is Brooklyn』収録)の作者であるドン・チェリーの継娘であるネナ・チェリーを担ぎ出した新作は、ネナの《Cashback》、マッツ・グスタフソンの《Sudden Moment》以外全部カヴァー、しかもそれがノーウェイヴからヒップホップまでの広がりをもつとなると、そのコンセプトのややこしさは念が入っているといわねばなるまい。これは揶揄ではない。どころか、演奏家どうしの、演奏家と楽曲との、あるいは原曲とカヴァー曲という、このアルバムに張り巡らした関係性こそ圧倒的な旨味の元である。

歯切れのいい《Cashback》につづく《Dream Baby Dream》はスーサイドの有名曲だが、この曲のサイケデリックな夢を、チェリー+シングは音響と音の遠近感で午睡に似た浅い眠りに置き換える。それは同じくこの曲をカヴァーしたブルース・スプリングスティーンのユング的なアメリカの夢ともちがうなまなましさで、このドライな音作りがまずは彼らの肉声を直接聴き手に伝えるのに一役買っている。もちろん、企みがないのではなく、《Too Tough To Die》のバリトンサックスはジョン・サーマン(のザ・トリオ)というよりモーフィンみたいだし、アンサンブルにおける即興の配分はドルフィーを思わせる。MFドゥームのカヴァーのフロウとリズムのハネはネナの真骨頂であり、ライヴにちかい印象を与える音にも細かく音が重ねてある。よく練られている。もしそれがあからさまなポストモダンのやり口であれば鼻持ちならなかっただろう。そこには遊びがあるから余裕があり、余裕があることで切迫していない。ところが彼らは互いを、音楽を余裕をもって眺めてはいない。ロックでもジャズでもポップスでもないものをつくっている確信だけがあった。だからそれがネナの継父も参加したハーモロディック版の《Over The Rainbow》とでもいうべきオーネットの《What Reason Could I Give》の奇妙な美しさを呼びさますのだろう。