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映画『かぞくのくに』

カテゴリ
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公開
2012/07/20   12:32
ソース
intoxicate vol.98(2012年6月20日発行号)
テキスト
text:村尾泰郎

兄妹が無言で握った
手と手が伝え合ったもの

〈家族〉と〈国〉。人はその二つのルーツを背負って生きている。ところが去年の震災以来、日本人はその両方が失われてしまうような不安に怯えながら生きてきた。〈絆〉という言葉を呪文のように唱えながら。では、〈絆〉とは何だろう。ヤン・ヨンヒ監督が自らの体験をもとに映画化した『かぞくのくに』は、国という大きな制度に翻弄される小さな家族の絆の物語だ。

在日朝鮮人二世で日本語学校の講師をしているリエ(安藤サクラ)は、喫茶店を経営している母(宮崎美子)と在日同胞協会の幹部を務める父(津嘉山正種)と3人暮らし。家族にはもう一人、ソンホ(井浦新)という息子がいるが、10代の頃に〈帰国事業〉によって北朝鮮に移住していた。そのソンホが病気治療のため25年ぶりに日本に戻ることを許され、リエたちはその日を心待ちにしている。とくにリエは久しぶりに兄と会えるのが楽しみで仕方がない。でも、ソンホに許された時間は3ヶ月だけ。家族はどんな風に、その大切な時間を過ごすのか……。

映画を見ながら、北朝鮮という国同様、在日の人々の暮らしについて知らないことが多いことを痛感させられる。同胞協会という組織や帰国事業など、そのひとつひとつに北朝鮮と日本の特別な関係が見えてくる。そして、日本滞在中に「ソンホの身に事故や事件が起こらないように」ソンホを見張る北朝鮮側の責任者、ヤン(ヤン・イクチュン)という存在。そして、国によって分断された家族の一番の犠牲者ともいえるソンホが、空港から実家まで車で帰る途中、家の近所で車を降りて、記憶を辿りながら実家まで歩くシーンは胸に迫るものがある。角を曲がり、実家を見つけた時、そこに立っていたのは母の姿だった。

井浦新が静かな演技でソンホの背負ってきた人生の厳しさを忍ばせる一方で、安藤サクラは感情をあらわにして、兄に対して遠慮なく気持ちをぶつけるリエを演じている。実家に滞在中、ソンホはリエの部屋で一緒に雑魚寝をして二人でとりとめのない話をするのだが、普通だと大人になった兄妹が一緒の部屋で寝起きするのは何だか照れくさい。でも、リエとソンホは25年前に別れて以来、二人の時は止まったまま。無邪気におしゃべりをする二人に、幼い兄妹の姿が透けて見えるようだ。ソンホに無償の愛をそそぐ母、祖国と家族の間で板挟みになりなって苦しむ父。家族の誰もがソンホを愛し、そのために深い悲しみを抱いている。そんななかで唯一、自分たちを取り巻く理不尽な状況にはっきりと異議申し立てをするリエの毅然とした態度からは、監督の心の叫びが聞こえてくる。ソンホの病気、北朝鮮がソンホに託した残酷な使命、様々な問題が波紋を呼んで家族関係が揺らぎ始めた時、リエは家の外に飛び出し、見張り係のヤンに「あなたも、あなたの国も大嫌い!」と声を荒げる。映画の中とはいえ、北朝鮮に家族を持つ監督にとっては勇気のいる言葉だ。それに対してヤンは「あなたが嫌いなその国で、お兄さんも私も死ぬまで生きるんだ」と静かに応える。ヤンもまた北に妻や子を持つ身だった。ヤンを国家の象徴として悪役にせずに、そこにも悲しみを見い出すのは、この映画のテーマが政治ではなく人(家族)だからだろう。

ヨンヒ監督はドキュメンタリー出身で、フィクション映画は今回が初めて。そこで監督は、キャストやスタッフとシーンごとに話し合い、時間をかけてドラマを作っていったらしい。ひたすら登場人物たちの心の動きを追い丁寧に物語を綴る、とても誠実で清楚な映画だ。クライマックスのリエとソンホの別れのシーンの何とも言えないぎこちなさ、息をのむような間に、ドラマというよりノンフィクションのような生々しさを感じさせるのも、監督と役者が作り上げた作品だからこそだろう。あの時、兄妹が無言で握った手と手。そこで二人は何を伝え合ったのか。北朝鮮という問題を越えて、この映画は家族という絆を深く考えさせる。

映画『かぞくのくに』

脚本・監督:ヤン・ヨンヒ
音楽:岩代太郎
出演:安藤サクラ/井浦新/ヤン・イクチュン/京野ことみ/大森立嗣/村上淳/省吾/諏訪太朗/宮崎美子/津嘉山正種
配給:スターサンズ(2012年 日本 100分)
◎8/4(土)より、テアトル新宿、109シネマズ川崎ほか全国順次公開!
http://kazokunokuni.com