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忌野清志郎、高橋アキ『プーランク:音楽物語「ぞうのババール」』

カテゴリ
o-cha-no-ma LONG REVIEW
公開
2012/08/16   13:28
ソース
intoxicate vol.98(2012年6月20日発行号)
テキスト
text:畠中実

13年ぶりの再発で甦る忌野清志郎の声

フランスの絵本作家ジャン・ド・ブリュノフが、1931年に発表した絵本『ぞうのババール』は、刊行以後現在まで、多くの国々で翻訳され、子どもから大人にまで広く親しまれ、日本でも世代を超えて知られたものとなっている児童文学だ。それは、彼の妻が自分たちの子どもに聞かせていた話をもとにしたものだった。フランシス・プーランクは、その『ババール』に音楽をつけて、と親戚の子どもたちに頼まれてピアノによる朗読のための伴奏を作曲した。それは子どもたちの最初の依頼から5年後の1945年に完成された。子どもたちは音楽のついたババールの物語を心待ちにしていたし、5年間それを忘れることがなかったそうだ。

矢川澄子が1974年に『ババール』を翻訳した。1989年には、その日本語版朗読を忌野清志郎が、ピアノ伴奏を高橋アキが行なった録音が制作された。当時、清志郎は父親になったばかりだった。朗読の経験ははじめてのことだったというが、清志郎の声もどこか肩に力が入っているような気がするのはそのせいか。父親になるということも、たしかに大いなる冒険のはじまりにちがいない。そんな清志郎の心境、コンディションがどこか『ババール』の物語と重ねあわされている。しかし、『ババール』の物語では、父親はなぜかすでにおらず、ババールは母親を殺され、母親がわりの老婦人に育てられる。矢川は、『ババール』がなによりも父親が物語る父親の物語であることを、語り手選びに際して考慮するように伝えていたという。ババール自身が父親へと成長していくのが、ババールの物語であるという解釈からだ。この録音にも、父親がいない子どもたちに、父親の声で絵本を聴くことができるように、父親の声を心にきざんでほしいという願いがある。

清志郎は鬼籍に入ってしまったが、作品はここに13年ぶりに再発され、矢川の願いとともに不在の父親=清志郎の声は甦ることになったのだ。