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脚本・監督:原田眞人 原作:井上靖『わが母の記』

カテゴリ
o-cha-no-ma LONG REVIEW
公開
2012/09/07   22:02
ソース
intoxicate vol.99(2012年8月20日発行号)
テキスト
text:吉川明利(タワーレコード本社)

『わが母の記』は「新しい原田映画」の誕生

原田眞人が映画監督になる前の、映画ジャーナリスト時代を知っているのは、現在、何歳ぐらいの映画ファンだろうか? 若者向けの洒落た雑誌に、LA発信の映画情報などを書いているユニークな存在の映画評論家がいるなぁと思ったのが70年代後半。それが突然、映画監督になったもんだから驚いた。

出来た映画が『さらば映画の友よインディアンサマー』。その後は、バイクの映画『ウインディー』、当時人気絶頂のアイドルグループの映画『おニャン子ザ・ムービー 危機イッパツ!』、ハリウッド的SFアクション『ガンヘッド』などを発表する。役所広司と初めて組んだのが『KAMIKAZE TAXI』。一皮剥けたと言えるのは、『金融腐蝕列島〔呪縛〕』。見事なスケール感のある社会派エンタティンメントに仕上げ、才能の本格開花を示したのだった。まさに原田的演出技法の確立である。すなわち複数の人間による矢継ぎ早の台詞の応酬、聞き取れないほど被っても構わないという臨場感を優先した画面構成である。それは『突入せよ! あさま山荘事件』でも『クライマーズ・ハイ』でも変わらずだった。

そうしたダイナミックな演出が、この井上靖原作の映画化『わが母の記』のような、母の死の物語に合うのか、また原田監督はその手法で撮るのか? と思ったが、役所広司と南果歩、また宮﨑あおいとの早い台詞の交換とカット割りと、変わることはなかった。むしろもっと研ぎ澄まされたと言っていいほどのリズムを生み出していた。美しい映像と共に〈新しい原田映画〉の誕生である。もちろん従来の原田映画の真骨頂の場面もちゃんと用意されている。認知症の母が一人で家を抜け出し海へ行きたいと、トラックの運転手が屯す食堂に紛れ込んでしまう場面の、構図と台詞のやり取りは『クライマーズ・ハイ』の編集室の騒ぎそのものだ。

物語としての見所は、母と息子の映画として見せる一方、父と娘の映画ともなっているところ。娘役は『この役は宮﨑あおいにしか出来ない!』と言い切りたい。それだけ彼女に助けられている部分が大きい。これらを見ていくと、この映画ほどしっかりと松竹の伝統を受け継いだ作品はないと言えるほど〈ザ・松竹映画〉となっているのだった。