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Antony & The Johnsons 『カット・ザ・ワールド』

カテゴリ
o-cha-no-ma LONG REVIEW
公開
2012/10/03   18:17
ソース
intoxicate vol.99(2012年8月20日発行号)
テキスト
text:久保正樹

まさに待望! オーケストラとのライヴ・アルバムが登場!

ルー・リードをして「初めて彼の歌を聴いたとき、私は自分が天使の前にいるのだと分かった」と言わしめたエンジェリック・ボイスの持ち主アントニー・ヘガティ。両性具有でゲイという圧倒的マイノリティである悲哀と、NYアンダーグラウンドから大きな世界と対峙する繊細で力強い表現力は、誰も踏襲することのできない独自の美学に貫かれている。野太く柔和な歌声、震えるファルセット、耳元で語りかけられるようにリアルで妖しい囁きから、こちらをなぎ倒すように迫り来るレンジの広い声量。そして言葉の隙間を埋めるだけでなく、ぎりぎりにまで張りつめた緊張の糸を手繰り寄せ、「あ・うん」の呼吸で世界を紡ぎ合うジョンソンズとの蜜月は、漆黒の闇に一筋の光を差しこむ。

これまで、ルー・リード、ビョーク、マーク・アーモンド、ボーイ・ジョージ、ルーファス・ウェインライト、ヨーコ・オノ、ローリー・アンダーソンからマシュー・ハーバートまで、あらゆる境界を越えたアーティストとのコラボレーションを行ってきたアントニー。今回リリースされる作品は、2011年にコペンハーゲンで行われたデンマーク国立室内管弦楽団との共演ライブ盤である。ストリング・アレンジは前作『スワンライツ』同様、新進気鋭の作曲家ニコ・ミューリーほか。そしてこのオーケストレーションが、アントニーの灯す生命力のある白い光に寄り添い、共鳴し、さらに美しい虹のようなスペクトルを与えている。より開放的に、より熱狂的に。冒頭すでに名曲の威風漂う新曲《Cut The World》から始まり、7分に及ぶアントニーのスピーチ。その後はこれまでの作品から選ばれた代表曲のオンパレード。純度の高い精神と意識の高い演奏が織りなす極みは、彼らの集大成というよりも新たな生命界の誕生を思わせる優しさとダイナミズムにあふれている。

異質なものが世界に迎合される瞬間。希望の光が世界を包みこむこの瞬間。これまでのキャリアを一旦総括したアントニーは、ここに身を置き、新たな歴史を刻むのだろうか? いや、勇気ある彼は(彼の歌詞にしばしば登場する)「鳥」のように羽ばたき、ここではない別の世界を求めて彷徨い続けるに違いない。

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