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ギドン・クレーメル『[ピアソラ没後20年] クレーメル・プレイズ・ピアソラ・ボックス』

カテゴリ
o-cha-no-ma LONG REVIEW
公開
2012/10/30   11:43
ソース
intoxicate vol.100(2012年10月10日発行号)
テキスト
text:小沼純一

1997年のライヴ音源を追加!あらためて聴くクレーメルによるピアソラ作品

アストル・ピアソラの名がひろく知られるようになったのは、1992年に亡くなった後、ではなかったか。少しずつ少しずつひろまり、そして没後5年に各地ではフェスティヴァルがおこなれるようになった。きっかけはいくつもあっただろう。だが、旧ソ連出身の、特異なと形容してもいいだろう、ヴァイオリニスト、ギドン・クレーメルが『ピアソラへのオマージュ』を96年、いきなりリリースしたこともそのひとつではなかったか。そして「オマージュ」とつけられたアルバムが3枚、ピアソラとヴィヴァルディを組み合わせた『エイト・シーズンズ』、協奏的なアレンジを加えた『天使のミロンガ』、そしてオペリータ『ブエノス・アイレスのマリア』と6タイトルが次々と世におくりだされ、「クラシック」におけるピアソラの位置を確定した。

クレーメルによるピアソラは、ピアソラ本人のとも、また、ほかのタンゴ系奏者ともクラシック系奏者とも異なった文字どおりオリジナルなものだ。それはバッハやベートーヴェンが異なっているのとおなじだ。このヴァイオリニストのテクニックと、作品に対する没入にしてそこで逆説的に生じる脱自(エクスタシー)は、ただ心地のいい、エンターテインメントな側面を削ぎ落した姿で、作曲家が音符に記した赤裸な格闘が刻印された姿で、聴き手へと届けられる。ピアソラがバンドネオンを手にし、この楽器にこめたものが、クレーメルの手にかかると、楽譜から読みとられ、ヴァイオリンというべつの楽器に移しかえられて、ピアソラがヴァイオリンを弾くアーティストであったかのように、作品が生まれ変わる。そしてそうしたことこそが、音楽という再現芸術の醍醐味だということを、はっきりと気づかせてくれる。

今回のボックスでは、1997年におこなわれたピアソラ没後5年のライヴ音源が加えられているのだが、こうした聴衆の目と耳にさらされた演奏ゆえに生まれるものが、90年代の6タイトルと対比できるのも貴重だ。

折しもクレーメルの来日に合わせたリリースである。クラシック作品とピアソラ作品とをともに弾くクレーメルの「おなじ」さをこそ、あらためて確認する機会にもなるだろう。

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