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スピルバーグと『E.T.』、その時代

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公開
2012/11/02   22:43
ソース
intoxicate vol.100(2012年10月10日発行号)
テキスト
text:吉川明利(タワーレコード本社)

E.T.(1982)

ユニバーサル映画100周年記念『E.T.』初ブルーレイ化!

スティーヴン・スピルバーグが『ジョーズ』で大ヒットを飛ばし、一躍世界の映画界の注目を集めた頃に言われたのが「ハリウッド第9世代の活躍」という言葉だ。今ではもう中々使われない映画用語だが、アメリカ映画の父と呼ばれた『国民の創生』で有名なD・Wグリフィスから数えて、9世代後という意味ある。スピルバーグ以外で、その世代に属するのがマーティン・スコセッシ、ジョン・ミリアス、そして『悪魔のいけにえ』のトビー・フーパーなどで、ジョージ・ルーカスも入っていてもおかしくはない。スピルバーグが、いかに凄い映画監督であるかは(スコセッシもだが)、その1世代前に属するフランシス・コッポラ、ピーター・ボグダノヴィッチ、ウィリアム・フリードキンらが、現在コンスタントに作品を発表出来なくなっている現状と比較したら一目瞭然だろう。彼はおそらく、ビリー・ワイルダーや、アルフレッド・ヒッチコックのように、死ぬまで現役の映画監督であり続けるだろう。

『E.T.』は82年のアメリカのサマーシーズ公開前の、カンヌ映画祭のオープニングを飾り大絶賛され、アメリカの興行でも、それまで1977年の『スターウォーズ』が持っていた記録を塗り替える。アメリカ映画の興行記録は1939年以来、不同の王座にあった『風と共に去りぬ』を72年に『ゴッドファーザー』が破り、その記録を75年の『ジョーズ』が更新、そして『スターウォーズ』に破られるという経緯があり、ここから97年に『タイタニック』でジェームズ・キャメロンが参入してくるまで、ルーカスとスピルバーグ二人の興行成績合戦が始まったのであった。こうした稀代のヒットメーカーにのし上がったスピルバーグに、ハリウッドはやっかみを覚えたのだろうか、「E・T」はアカデミー賞の作品賞も監督賞(共に受賞はイギリス映画『ガンジー』)も取ることが出来なかった。早すぎた代表作の不幸と言えるだろう。

当時の映画興行は、今のように日米同時公開はほとんどなく、夏のアメリカ映画は日本のお正月映画だった。『E.T.』も『ジョーズ』同様に正月映画。場所も同じ東京のメイン館は旧丸の内ピカデリー、現在の様な全席指定席の興行ではないのだから、当然のように長蛇の列であり、場内は超満員という環境だった。クライマックスのE・Tを捕まえようとする、あの大人たちを振り切り、ジョン・ウィリアムスの名曲と共に少年たちが宙に浮く名場面(今やアンブリンのマークとして有名ですね)で、一斉に観客の拍手が起きたのだった!映画とは映画館という同じ空間を共有する観客と共に感動し、リアクションすることによって、その感動は倍加すると知った瞬間であった。

公開に先立つ半年前に来日したスピルバーグは(『ポルターガイスト』のキャンペーンで来日したのに、ほとんど『E.T.』の質問ばかりだったと新聞記事にある)、『僕の映画の先生はデビッド・リーン、黒澤明、スタンリー・キューブリック、そしてディズニー』と言っている。すべて超一流を手本にして映画を勉強してきたことが分かるが、実は彼もその時点で超一流だったのだ。その証明は小道具の使い方の巧さに表れていると言えよう。NASAの科学者のキー・チェーン、E.T.を誘い出すチョコ、E.T.の生命力の象徴となる鉢植えの花、『ピーターパン』の絵本など実に印象的だ。E・Tがビールを飲みながら英語を覚えてしまうTVも忘れられない。意識が繋がっているエリオットとの、カエルの解剖教室の大騒動のエピソードで使われたTV画面に映る映画こそ、傑作『静かなる男』の一場面。最新作『戦火の馬』の遥か前に、すでにジョン・フォード映画に対するオマージュがあったではないか!こうした使い方が作品の世界観を豊かにしているのだ。

実は『E.T.』とは、当時のアメリカン・カルチャーを知る絶好の教科書の様な映画だった。まず教えてくれたのは現代版ハロウィーン。1944年のMGMミュージカル「若草の頃」にもハロウィーンは描かれるが、それはクッキーをねだるだけの、街の子供たちだけの世界であって、親も含め誰だが分からないような仮装などはなかった。それが今では日本でも一般的なったが、ハロウィーンには仮装パーティが付きものだとを見せられたのだから驚いた訳だ。次にサバービアという近代型郊外住宅地だ。後に「シザーハンズ」でも描かれ映画の舞台としても定着したが、『E.T.』はその先駆者的存在だろう。そしてE・Tにとっては宇宙を股にかけた地球脱出劇であるが、少年たちにとっては、そのサバービア内のちっちゃなアクション・アドベンチャーだからこそ、映画は面白くなっているのだ。そのアクションの主役こそ、日本人の観客はほとんどが『なんだぁ、あのチャリンコは?』と驚いたBMXという自転車だった。このBMXとパトカーとの追跡劇にこそ、スピルバーグのアクション演出の真骨頂を見ることが出来るのであった。

『E.T.』では特にそうだが、スピルバーグの映画には、スターのネームバリューを必要としない作品が多い。なんとこの映画で一番有名だったのは当時7歳のドリュー・バリモアだった。しかし彼女の顔が売れていた訳ではなく、彼女の名前が有名だっただけ。ジョン、エセル、ライオネルといった名芸能一家の末裔という映画ファンに知られた名前だったのだ。この様に(製作のスタンスでもそうだが)作品をリアルに表現出来れば、ビッグネームは起用しない傾向が、ハリウッド8、9世代でより顕著になっていることは、それぞれの監督のフィルモグラフィーを確認することで分かるだろう。

今回のブルーレイ発売は、ユニバーサル映画100周年を記念しての『ジョーズ』に続くもの。30周年記念盤での発売ということになるが、ふり変えれば『E.T.』の公開時でちょうどユニバーサルは70周年だったのである。今もし『E.T.』が封切られたら、大々的に『70周年記念超大作!』と打つんだろうなぁ。そんなに大きな映画ではないのに(だから良いのだ!)。

Film ©1982 & 2002 UNIVERSAL STUDIOS. ALL RIGHTS RESERVED. Artwork and Packaging Design ©2012 UNIVERSAL STUDIOS. ALL RIGHTS RESERVED.

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