ヘルツォークの驚異の世界をめぐるツアーのような作品集
ドイツ映画の鬼才、ヴェルナー・ヘルツォークがスクリーンの彼方で切り開く世界、それは野蛮で神聖な夢の領土だ。『ヴェルナー・ヘルツォーク監督作品集』と題された二つのDVDボックスは、そんなヘルツォーク世界を巡るツアーみたいなもの。そのほとんどの作品でガイドを務めるのは、ヘルツォークの分身ともいえる怪優、クラウス・キンスキーだ。なかでも代表作『フィツカラルド』は南米奥地にオペラハウスを作るという途方もない夢を見た男の物語だが、蒸気船がジャングルの山を昇っていくスペクタクルな風景を見つめる主人公=フィツカラルドの姿には、映画という天地創造に取り憑かれたヘルツォークの姿がダブって見える。『アギーレ 神の怒り』『コブラ・ヴェルデ 緑の蛇』といった作品もまた、未開と文明の衝突というテーマを越えて〈俺 vs 世界〉の闘いが描かれていくあたり、ヘルツォークの作風が最も色濃く出た三部作といえるかもしれない。
また、『フィツカラルド』でインディオの音楽とオペラがジャングルで〈共演〉しているが、「映画以上に音楽に刺激を受ける」と語るヘルツォークが、音楽面で最も信頼を寄せていたのがポポル・ヴーのフローリアン・フリッケだった。『ノスフェラトゥ』ではポポル・ヴーの神秘的な音楽が効果をあげて、吸血鬼を題材に中世のゴシック・ロマンの世界を濃密に蘇らせている。そして、今回楽しみなのが日本では初DVD化となる2作で、狂った兵士が殺人を犯すまでを描いた『ヴォイツェク』のキンスキーの異様な演技に圧倒される一方で、『シュトロツェクの不思議な旅』の主役を演じたブルーノ・Sの存在感も強烈だ。精神病院で育ち、やがて路上音楽家となったブルーノが、そのままの設定で主役を演じて娼婦と老人との3人で〈憧れの国〉アメリカを旅する。イアン・カーティスが死の直前に見た映画、というエピソードでも有名な本作は、ヘルツォークの繊細な情感に満ちた隠れた名作。3人がアメリカをドライヴする時にかかるチェット・アトキンス《The Lost Thing On My Mind》の儚くも甘いメロディが、いつまでも頭から離れない。