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デイヴィッド・クローネンバーグ 映画『コズモポリス』

カテゴリ
EXTRA-PICK UP
公開
2013/03/18   12:17
ソース
intoxicate vol.102(2013年2月20日発行号)
テキスト
text:北小路隆志

コズモポリス

©2012-COSMOPOLIS PRODUCTIONS INC. / ALFAMA FILMS PRODUCTION / FRANCE 2 CINEMA

サイバー資本主義の速度に抵抗する「遅さ」とは…

クローネンバーグの最新作は、ドン・デリーロが2003年に発表した小説『コズモポリス』の映画化となる……。 ひどく心踊らされるニュース。ただ、かすかな危惧も頭を過ぎった。大物小説家の原作に基づくクローネンバーグ作品といえば『裸のランチ』や『クラッシュ』が思い出され、その際にも公開前の僕らの期待値は最大限に跳ね上がっていたはずだ。しかし映画を冷静に批評すれば――評価は分かれるだろうし、とりわけ後者は個人的に好きな映画だが――、無条件に傑作とすることができるかどうか……。2本の映画から僕らが受けた当惑を説明すれば、そもそもあまりにもクローネンバーグ的な原作を映画化することで、結果的にクローネンバーグ自らがクローネンバーグを模倣するかのような印象をもたらすことにあったのではないか。そうしたどこか自己模倣的な傾向は、20世紀の終わりの時期に映画作家が迎えた危機でもあった。

急ぎ朗報を知らせよう。『コズモポリス』への僕の危惧は杞憂に終わった。テクノロジーの飛躍的な発展と濃厚に漂う終末感によって特徴づけられる世界にあって、生の感覚を欠落させた存在がそれを取り戻すべくセックスや暴力に沈潜する。彼/彼女が味わうのは、断末魔の苦しみか、それともエクスタシーそのものなのか……。現代世界文学を代表する巨匠による原作は確かにクローネンバーグ的な既視感を伴うが、2人のどちらがオリジナルでどちらが模倣者であるか、といった問いは不毛である。ともに1960年代以降の「性の解放」の生産的な延長線上に独自の美学や思考を形成させた、偉大な才能による同時多発的な到達点がそこにあり、サイバー資本主義とそこでの人間の存在様態への批判的言及に満ちた『コズモポリス』を見れば、彼らがいかに預言的な創作者であったかがわかるだろう。

床屋に行かねばならない……。28歳の若さで巨額の富を手にした主人公が真っ白なリムジンに乗りこむ。合衆国大統領の訪問やラッパーの葬式、反資本主義の抗議行動などにより悲惨な交通渋滞を呈するマンハッタンを横切る車中で物語の大半が展開され、資本家の資産は24時間休みを知らない金融市場での中国元の乱高下を前に多額の利益と損失の間を行き来しつつ、次第に破産が近づくようだ。そんななか、リムジンのエロティックなまでに緩慢な動きが、個人や企業、国家の運命を瞬時に変転せしめる、恐るべき資本の動き=速度と対照を成す。

そう、「遅さ」こそ資本によって支配された「時間」を僕らが取り戻すための抵抗となるだろう。反資本主義的な抗議行動は、破壊衝動とは創造衝動である……とのアナーキズムの論理に従う。だが、デリーロを介した映画作家の主張によれば、古い市場、産業、企業、価値観等々の強制的破壊を糧に前進する現代資本主義こそが、今やアナーキズムそのものなのだ。こうした主張によって、クローネンバーグが自身の過去の仕事に批判的なコメントを加えるかのようで興味深い。かつて彼は、破壊衝動を創造衝動と見なすアナーキストであった。しかし、彼の映画はもはや単純な破壊を目指さず、グロテスクな映像表現も少なくとも表面上は影を潜める。『ヒストリー・オブ・バイオレンス』で獲得し、本作でも駆使されるストイックな散文的文体は、自己模倣の危機を克服すべく映画作家によって選択された戦略だったのだ。

サイバー資本主義の速度に「遅さ」で抗する『コズモポリス』は、僕ら観客の存在のあり方を挑発する映画でもある。登場人物らの周囲をやはり緩慢に推移する車外の光景を僕らは見つめ、その多くがリアプロジェクションの映像であるがゆえに、防音されたリムジン内から隔絶されたイメージとして印象づけられる。本作の主人公は、窓=スクリーンを介して世界を眺め、自身の身体や内臓をもスクリーン上の映像として認識する観客である。世界の全てがスクリーン上を推移する映像となったなか、それを見守る観客はいかにして生きるのか。主人公の成功は「未来」を見る能力に由来するものと示唆されるが、その能力と引き換えに「現在」が見失われる。だから彼は床屋の椅子に座り、鏡に向かわねばならないのだろう。窓を鏡に移し変え、そこに「現在」を映し出すこと……。アナーキストの成熟や老成? 断じて、そうではない。暗殺者の銃口は主人公のみならず僕ら観客に突きつけられる。以前にも増してしたたかな挑発者として、クローネンバーグは観客である僕らの存在模様をも脅かすラディカルな映画を撮った。

映画『コズモポリス』
監督・脚色:デイヴィッド・クローネンバーグ
原作:ドン・デリーロ『コズモポリス』(新潮文庫刊)
音楽:ハワード・ショア
出演:ロバート・パティンソン/ジュリエット・ビノシュ/サラ・ガドン/ポール・ジアマッティ/サマンサ・モートン/マチュー・アマルリック
配給:ショウゲート(2012年 フランス・カナダ 110分)R-15
http://cosmopolis.jp/
◎4/13(土)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー!