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原作:宮沢賢治/ 杉井ギサブロー『グスコーブドリの伝記』

カテゴリ
o-cha-no-ma LONG REVIEW
公開
2013/03/21   14:17
ソース
intoxicate vol.102(2013年2月20日発行号)
テキスト
text:前島秀国(サウンド&ヴィジュアル・ライター)

『銀河鉄道の夜』に続く、宮沢賢治&杉井ギサブローによるアニメ化作品の登場

杉井ギサブロー監督による宮沢賢治のアニメ化と言えば、名作『銀河鉄道の夜』が即座に思い浮かぶ。その彼が、ますむら・ひろしのキャラクター原案にほぼ30年ぶりに立ち返り、再び賢治のアニメ化に挑んだ。イーハトーヴの森で育った天涯孤独のグスコーブドリ(小栗旬)が独学で知識を身につけ、火山局の技師として働くようになる。そして、イーハトーヴを襲った大冷害から人々を救うため、グスコーブドリがとった自己犠牲的な行為。ともすれば軍国主義に援用されかねない賢治最大の問題作だが、第二次世界大戦での空襲を体験した杉井らしく、映画は単純な英雄礼賛に向かわない。製作中に東日本大震災を体験したことが影を落としているのかもしれないが、杉井は主人公の自己犠牲を美化するのではなく、寓話的な手法で死そのものを描こうとした。すなわち、原作でそれほど重要な役割を与えられていない人さらいのキャラクター、コトリ(佐々木蔵之介)を物語の中に何度も登場させ、死の世界にグスコーブドリを誘う死神のように描いているのである。だからといって、この作品がホラー色の強い映画かというと、決してそうではない。音楽に注意してみよう。コトリのテーマとして流れるワルツの旋律は、なぜかユーモラスでほのぼのとしたリコーダーで演奏されている。そのワルツを作曲したのは、日本を代表するバンドネオン奏者の小松亮太。小松は「無表情に並んだ小学生たちがリコーダーで《ドナドナ》を吹いている」光景を念頭に置きながら、コトリのワルツを作曲したのだという。主人公を冥界に誘う死のワルツなのに、どこか憎めなくてユルい音楽。それが『千と千尋の神隠し』的な、あるいは『イノセンス』的な汎アジア的空間の中で鳴り響く時、我々は、常識的な理性や知識では太刀打ちできない世界観の迷宮の中で、途方に暮れることになる。それこそが、杉井が賢治の作品世界の中に見出した、死というものの本質なのではあるまいか。