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映画『ザ・マスター』

カテゴリ
o-cha-no-ma CINEMA
公開
2013/03/22   16:32
ソース
intoxicate vol.102(2013年2月20日発行号)
テキスト
text:渡辺亨

©MMXII by Western Film Company LLC All Rights Reserved.

ポール・トーマス・アンダーソン監督最新作は、50年代の米国に誕生したカルトがテーマ!

ザ・マスター』は、1950年代の米国を舞台にした作品である。米国が名実共に世界の盟主となり、繁栄を謳歌していた時代。しかし、冷戦の緊張が日ごとに高まり、共産主義の脅威にさらされ、米国民が不安と迷いを抱えていた時代。『ザ・マスター』は、こんな時代を背景とした「カルト」の映画である。「カルト映画」ではない。「カルト(新興宗教)」を描いた映画だ。

フレディ・クエル(ホアキン・フェニックス)は第二次世界大戦時、米海軍の一兵卒だった帰還兵。終戦後、彼はデパートの写真館でカメラマンとして働き始めるが、戦地で患ったアルコール依存を断ち切ることができず、顧客に暴力を振るい、解雇される。その後もフレディは社会生活に適応できず、酩酊したあげく、とある客船に密航する。そこで出会ったのが、新興宗教団体「ザ・コーズ」の指導者(マスター)ランカスター・ドッド(フィリップ・シーモア・ホフマン)。フレディの心の中に大きな穴が空いていることをすぐに察知したマスターは、彼を「ザ・コーズ」のファミリーに迎え入れる。だが、フレディとマスターの関係が深まるにつれ、「ザ・コーズ」の内部に亀裂が生じ、フレディとマスターと彼の妻ペギー(エイミー・アダムス)の関係も変化していく。

50年代の米国に誕生した数多くの実在するカルトと同じく、「ザ・コーズ」は冷戦時代の産物であり、その意味では、マスターは戦争が生んだ怪物である。だが、マスターは絶対的君主的存在でありながら、弱さを抱えた人間として描かれている。そもそもマスターがフレディを「ザ・コーズ」に迎え入れたのは、フレディのお手製のアルコール飲料を気に入ったからでもあった。つまりマスターとフレディはそれぞれ大きな心の闇を抱えていて、だからこそ彼らはマスターの妻にさえ理解しがたい愛憎劇を繰り返していく。『ザ・マスター』は、「カルト」という特異な「家族」を描いた物語である。そして「戦争」の映画でもある。「戦争映画」ではない。「戦争」の傷痕を描いた映画だ。

2人の主演俳優の鬼気迫る演技、65mmフィルムで撮影された鮮明で格調高い映像、『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』より多彩なジョニー・グリーンウッドの音楽など、特筆すべき点は多々ある。とりわけ個人的に鳥肌が立ったのは、マスターが再会したフレディと向かい合い、ある曲を口ずさむ終盤のシーンだ。その曲は、二人だけの世界を船長と船荷になぞらえて描いたスタンダードの《オン・ア・スロー・ボート・トゥ・チャイナ》。このシーンが深い余韻を残す。

映画『ザ・マスター』
監督・脚本:ポール・トーマス・アンダーソン
音楽:ジョニー・グリーンウッド
出演:ホアキン・フェニックス/フィリップ・シーモア・ホフマン/エイミー・アダムス
配給:ファントム・フィルム(アメリカ 2012年)
◎3/22(金)TOHOシネマズ シャンテ、新宿バルト9ほか全国ロードショー
http://themastermovie.jp/