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Sir Harrison Birtwistle

公開
2013/04/30   18:11
ソース
intoxicate vol.103(2013年4月20日発行号)
テキスト
text:後藤菜穂子

神話と儀式──バートウィスルの音楽世界

来年80歳を迎える英国の作曲家ハリソン・バートウィスル(愛称サー・ハリー)は、戦後、英国の作曲界に モダニズムの新風を送り込んだグループのメンバーの一人であった。そのグループとはニュー・ミュージック・マンチェスター・グループ。同じくヨーロッパの モダニズム音楽に強い関心を持っていたピーター・マクスウェル・デイヴィスやアレクサンダー・ゲーアらとともに当時の保守的なロンドンの音楽シーンに対抗 し、英国北部のマンチェスターから前衛的な作品を発信したのである。

英国の音楽界にバートウィスルの音楽がいかに強いインパクトを与えてきたかということを象徴するエピソードが二つある。一つは1968年、ベンジャミン・ ブリテンの主宰するオールドバラ音楽祭でのこと。音楽祭から委嘱されたバートウィスルのオペラ『パンチとジュディ』が初演された時、オペラの暴力性にオー ルドバラの上品な聴衆は騒然とし、その上ブリテンも休憩で帰ってしまったというものである(その真偽のほどはさだかではない)。もう一つは1995年、有 名なラスト・ナイト・オヴ・ザ・プロムスでバートウィスルのオーケストラ曲《パニック》がA.デイヴィス指揮BBC交響楽団によって初演された際に、サキ ソフォーンやドラムスのソリストを含む異色でアヴァンギャルドなサウンドワールドに対して、伝統的なお祭りを楽しみにきた聴衆から激しいブーイングがで て、さらにそれが翌日のタブロイド紙でも大きな話題となったというものである。

それから18年近くたった現在では、そうしたエピソードが滑稽に思えるほど、バートウィスルはすっかり作 曲界の重鎮となっている。ロンドンの名門ロイヤル・オペラ・ハウスでは、1月に彼のオペラ『ミノタウロス』(2008年)が再演され、各公演とも売り切れ るほどの人気を博した。また今年の夏のザルツブルク音楽祭では、『ガウェイン』(1991年)が新しいプロダクションで上演されるなど、ここのところ彼の 音楽に改めて注目が集まっている。

バートウィスルの音楽の最大の特色は、そのひじょうに原始的で根源的なエネルギーにあるといえよう。オペ ラであれオーケストラ曲であれ、彼は神話や儀式的なものに強い関心を持っており、それはストラヴィンスキーやメシアンに通じるものがある。たとえば彼の オーケストラのための《アース・ダンス》(1986年)は大地の原始的なエネルギーに満ちあふれている。

そうした神話や儀式的なものに対する関心は、彼のオペラや舞台作品にもはっきりと表れている。ギリシャ神 話に基づいた『オルフェウスの仮面』や『ミノタウルス』、アーサー王伝説をもとにした《ガウェイン』などは神話や伝説を題材に取っており、また民衆の人形 劇を題材にした『パンチとジュディ』や新約聖書に基づいた『最後の晩餐』は儀式的な物語を扱っている。こうしたオペラにおいて、彼はストーリー性よりも儀 式としての側面を重視し、むしろ形式、フォルムの観点からオペラを構築していく。しかもバートウィスルはドラマに対する直感的ともいえる鋭い感覚を持って おり、それがオペラ作曲家としての成功につながってきたといえよう。

また、もうひとつバートウィスルの原始的なサウンドワールドに寄与しているのは、彼の木管および金管楽器 への偏愛である。実際、彼の創作には吹奏楽やブラス・バンド、また木管、金管楽器のための作品が多い。バートウィスル自身、英国北部のランカシャーに生ま れ、吹奏楽の世界に親しんで育った。7歳より吹奏楽の指導者からクラリネットを習い、地元のバンドで演奏し、音楽学校も当初クラリネットで入学している。 ここで補足しておきたいのは、階級制度の名残のある英国社会では、吹奏楽やブラス・バンドというのは労働者階級の活動とみなされていることであり、その意 味ではバートウィスルは自らのルーツを隠すことなく、それを自らのアイディンティティとしていることである。ブラス・バンドのための代表作である《グライ ムソープ・アリア》や《ソルフォード・トッカータ》なども、こうした北部の町の地名にちなんでいる。

さて、5月の東京オペラシティの『コンポージアム2013』のコンサートで取り上げられるバートウィスル の作品はいずれも日本初演で、劇作品こそないものの、1970年代の曲から2010年の近作までさまざまな作風が楽しめる。《ある想像の風景》(1971 年)は金管楽器、8本のコントラバスとパーカッションという、まさにバートウィスルのブラスの世界が堪能できる。それに対して2011年にC.テツラフに よって初演された《ヴァイオリン協奏曲》は、作曲家が弦楽器のために書いた初の協奏曲であり、独奏とオーケストラが緊迫したドラマを生み出す。この作品は 昨年、英国作曲家賞を受賞した。フル・オーケストラのための《エクソディ》は「時」というテーマをユニークな視点から扱った作品で、「23:59:59」 という副題にあるように新しい世紀に変わる前の一瞬を切り取ったタブローである。バートウィスルの原始的でダイナミックなサウンドワールドがそこにもある だろう。

LIVE  INFORMATION
『コンポージアム2013 ハリソン・バートウィスルを迎えて』

5/23(木)19:00開演 出演:ステファン・アズベリー(指揮) ダニエル・ホープ(vn)東京交響楽団 曲目:バートウィスル:ある想像の風景─金管楽器、打楽器とコントラバスのための(1971)
ヴァイオリン協奏曲(2009-2010) エクソディ ’23:59:59’(1997) 全曲日本初演
会場:東京オペラシティ コンサートホール:タケミツ メモリアル
http://www.operacity.jp/concert/compo/2013

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