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金沢21世紀美術館「内臓感覚―遠クテ近イ生ノ声」展

公開
2013/07/01   12:56
ソース
intoxicate vol.104(2013年6月20日発行号)
テキスト
interview&text : 三宅美千代

志賀理江子 シリーズ「カナリア」より、2007年 本展展示風景 撮影:豊永政史

わたしたちが内臓を意識するのはどんなときだろう。心や身体の状態が安定しているときには特定の臓器を気にかけることはないし、その存在すらも忘れがちだ。しかし、病気のように何らかの苦痛や負荷が生じたとき、生の政治的管理や戦争、文明生活の享受による不感症、あるいは放射能のように眼に見えないものに脅かされたときにこそ、身体の奥に手を差し入れ、艶々した内臓をつかみ出し、あなたに向かって差し出したいという衝動が突き上げるのではないか。

金沢21世紀美術館で開催中の展覧会「内臓感覚―遠クテ近イ生ノ声」が、いけばな作家中川幸夫の『聖なる書』からはじまるのは、その意味で象徴的にも思える。カーネーションの肉塊が、書物をかたどったガラス製のオブジェにおし潰され、血のような真紅の花液を滲ませているところを撮影したプリント作品であるが、「はじめに言葉ありき」という聖書の一節を連想させるタイトルとともに、ロゴスに抗する生命体の圧倒的強度を印象づける。

本展の「内臓感覚」というコンセプトは、解剖学者三木成夫の「内臓系」「体壁系」という分類に基づく。キュレーターの吉岡恵美子は「内臓系は太古の時間の記憶をもち、進化の過程を記憶している。宇宙や自然、潮の満ち引きのリズムのように、すぐそばにあるけれど普段わたしたちが意識しない遠いところとのつながりを司るもので、内臓感覚とは人間の感覚のなかでもすぐれて原始的で根源的なもの」だと説明する。現代作家の表現のなかでも、「身体感覚や五感に根ざしたもの、言葉では説明できない部分をもった作品を、快感だけでなくあまり心地よくないことの領域も含めて、このテーマのなかで見つめてみたかった」と語る。

草間彌生《鏡の部屋 - 愛は永遠に(No. 3)》(部分)1964-86年  撮影:豊永政史

国内外の13組の作家による映像、写真、絵画、彫刻、インスタレーション、建築、絵本、パフォーマンスなど、広範なジャンルに及ぶ作品がセレクトされている。当然ながら、作家ごとに「内臓感覚」に対するアプローチは異なり、その多様性が本展の見どころになっている。ルイーズ・ブルジョワ、草間彌生、アナ・メンディエータの個人的な痛みやトラウマを扱った作品から、生理的感覚を解放するピピロッティ・リストのみずみずしいオーディオ・ヴィデオ・インスタレーション、不思議な生命体をモチーフにした加藤泉の絵画とソフトビニール彫刻、深層心理や記憶に揺さぶりをかけるビル・ヴィオラのヴィデオ・アート、ミニチュア模型をつかって水中撮影した映像と文学的ナレーションが印象的なサスキア・オルドウォーバースの作品など、色とりどりの感覚世界が繰り広げられる。

身体や生命をノスタルジーの対象とみなすことや、「原初」や「母なる」といった言葉の安易な使用にたいする危惧もないわけではない。それらは国家やある種の政治が人間の生を管理しようとするときに聞かれる言葉でもあるからだ。しかし、極私的でミクロな感覚の領域に与えられる、開放的でユーモラス、あるいは真摯でグロテスクな表現は、そのような懸念を払拭し、むしろ共感覚や他なるものとの対話の可能性に導いてくれる。

このことを強烈に意識させるのが、志賀理江子の『カナリア』シリーズだ。壁を取り囲む60点のプリント作品を背に、観客は井戸の奥を見つめるように、床面に投影されるヴィデオの光を覗き込む。この装置は、写真家にとってはシリーズの一枚一枚を撮影したときの速度や感覚に戻す意味をもつというが、見る者にとっても、写真家がカメラ越しに対峙した世界、シャッターを押す指の震えやざわめきに眼を凝らす経験となる。

東日本大震災と原発事故以降、とくに眼に見えない放射能にたいする漠然とした不安がひろがるなか、このようなテーマの展覧会が開かれることの意味は大きい。アートをとおして、わたしの、そしてあなたの「遠くて近い生の声」に耳を傾けてみてはどうだろうか。

EXHIBITION   INFORMATION
『内臓感覚──遠クテ近イ生ノ声』

会期:開催中~9/1(日)
出品作家:ルイーズ・ブルジョワ(アメリカ/フランス)/長新太(日本)/ナタリー・ユールベリ&ハンス・ベリ(スウェーデン)/加藤泉(日本)/草間彌生(日本)/アナ・メンディエータ(アメリカ/キューバ)/中川幸夫(日本)/サスキア・オルドウォーバース(英国/オランダ)/オル太(日本)/ピピロッティ・リスト(スイス)/志賀理江子(日本)/ビル・ヴィオラ(アメリカ)/渡辺菊眞(日本)
会場:金沢21世紀美術館   

http://www.kanazawa21.jp