©Marco Borggreve
新春の上野に燃え盛るチャイコフスキーの「暖炉」
冬には「熱い」音楽が、よく似合う。ロシアの作曲家、ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー(1840-93年)の楽曲の肌触りは暖炉のように温かく、よくよく内側をのぞけば、燃え盛る炎に彩られている。たっぷりした旋律の美しさ、古典志向からくる作品の「立ち姿」のよさは長く、世界の聴衆から愛されてきた。
チャイコフスキーは第1番「冬の日の幻想」から第6番「悲愴」まで6曲の番号付交響曲と「マンフレッド」交響曲を完成した。日本では、第5番の人気がとりわけ高い。米ユニバーサルが1937年に制作した音楽映画『オーケストラの少女』(ジョゼフ・A・バレンタイン監督)のクライマックス・シーンで伝説のマエストロ、レオポルド・ストコフスキー(1882-1977年)がかっこよく、第5番を指揮した影響は戦争の時代をくぐり抜け、戦後まで続いたと思われる。後の大家、作曲の芥川也寸志、指揮の岩城宏之らも『オーケストラの少女』に魅了された少年だった。
木管楽器のほの暗い音で静かに始まり、次第に熱と輝きを帯びて広がる第1楽章。ホルンのソロで耳をひきつけた後、意表をつく劇的展開に移る第2楽章。チャイコフスキーの重要なレパートリーだったバレエ音楽を思わせる、ワルツの第3楽章。コマーシャルにもしばしば採用されるマッチョで、ぐいぐい突き進む第4楽章。大詰め前にひと呼吸いれ、華やかに鳴り渡るファンファーレに思わず、拍手をフライングする聴衆が跡を絶たないのも「これでもか、これでもか」と盛り上げるチャイコフスキー先生の手腕の賜物であろう。
2013年8月からドイツのリューベック歌劇場音楽総監督(GMD)に就き、国内でもオペラに強い「びわ湖ホール」の芸術監督を務めるなど、沼尻竜典は日本を代表するオペラ指揮者として、劇的音楽の再現にたける。ドイツ育ちの小菅優を独奏に迎えた「ピアノ協奏曲第1番」を前半、第5交響曲を後半に配した名曲プログラムの冒頭に歌劇『エフゲニー・オネーギン』の「ポロネーズ」を置いた部分にも、沼尻のオペラへの強い思いが現れている。しかもクールで都会的センスのマエストロだから、どろくさくなり過ぎる心配はない。小菅はドイツ音楽のスペシャリストと目されるが、本質は強靭な技巧と巨大なスケールを兼ね備えたヴィルトゥオーゾ(名人)であり、ロシア音楽への適性にも疑う余地がない。東京都交響楽団が歴代指揮者と奏で続けてきたチャイコフスキーの定番は沼尻、小菅と2人の新しい才能を得て、また別の輝きを放つだろう。
LIVE INFORMATION
『東京文化会館《響の森》vol.34 ニューイヤーコンサート2014』
○2014/1/3(金)14:20開場 15:00開演
出演:沼尻竜典 (指揮)小菅優(P) 東京都交響楽団
オール・チャイコフスキー・プログラム
歌劇『エフゲニー・オネーギン』より「ポロネーズ」
ピアノ協奏曲第1番 変ロ短調 op.23
交響曲第5番 ホ短調 op.64
会場:東京文化会館 大ホール
http://www.t-bunka.jp/