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Magnus Hjorth

カテゴリ
o-cha-no-ma LONG REVIEW
公開
2013/10/21   10:00
ソース
intoxicate vol.106(2013年10月10日発行号)
テキスト
text :上村敏晃


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グレン・ミラーにブルースを見る、デンマークの俊英ピアニストの新作

北欧ジャズ・シーンでの活躍がめざましいピアニスト、マグナス・ヨルト…。彼率いるトリオの新作『ブルー・インターヴァル』のテーマは「ブルース」と「グレン・ミラー」である。当初、マグナスはグレン・ミラーをテーマにアルバム作りに取り組んだという。ところが、構想を練っていくうちにブルースが彼の中に浮かび上がり、これもまた本作のテーマとなったのだ。アルバム作りに着手してからの時間の推移で、マグナスの意識はどのように変化していったのだろう。そして、浮かび上がったブルース…。マグナス・ヨルトはグレン・ミラーを見据えながら、彼の音楽家としての眼は何をとらえたのだろう。そのことは、本作を聴くプロセスで気づくことになるのかもしれない。

スイング黄金時代に絶大な人気を誇ったグレン・ミラーの演奏で知られる楽曲としては《ムーンライト・セレナーデ》と《アメリカン・パトロール》が本作に収録されている。他は、チャーリー・パーカー作の《バルバドス》以外、全てマグナスのオリジナルだ。《バルバドス》は、村上春樹氏の著作『東京奇譚集』にも登場する。この曲名を見て、村上氏の小説の断片を思い浮かべる方もいらっしゃることだろう。

本作の冒頭曲は《グリーン・リポーズ》だ。独特の陰影を持った静けさの中に、瞑想的な、穏やかな心象風景が描かれていく。そこには微熱を帯びた、しかし、芯の太い《ブルース》が呼吸していて、いつしか引き込まれる。3曲目《バルバドス》は隠し味にラテン風味が用いられ、小気味よくリズムが変化していくスリリングな演奏だ。そして、5曲目《ムーンライト・セレナーデ》は、もちろんグレン・ミラー・オーケストラのテーマ・ソングであり、本作のベスト・トラックの一つである。1930年代後期に生まれたこの名曲に鮮やかなアレンジで新しい息吹を与え、しかも、グレン・ミラーの原曲の心を継承しながらの、トリオの見事な一体感による演奏。マグナスのピアノも輝きを放ちながら、この曲の「うた」を歌いきっている。続く《ヤントゥーン》は憂愁漂う旋律が味わい深いバラードだ。繊細なピアノ表現により、曲の持つリリシズムが幻想的に紡ぎ出される。アルバム表題曲はリズムの動きがスリリングで痛快なブルース演奏だが、他のオリジナル曲の幾つかにも、ありきたりでない清新なブルース感覚が横溢し、躍動している。たとえば《メロード》はやはりブルースを取り入れた演奏だが、ここにはグレン・ミラーのエッセンスも息づいているのだ。そして、コーダとして置かれたのは、東日本大震災で被災された人々にマグナス・ヨルトが捧げたピアノ・ソロだ。深い余韻がとても印象的な演奏である。



LIVE INFORMATION


○2014/1/17(金)吉祥寺サムタイム
○1/18(土)新宿ピットイン ほか予定