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(第17回)恋人が結んだ縁を味方に名盤を残したペギー・リプトン

連載
岡村詩野のガール・ポップ今昔裏街道
公開
2013/10/25   10:30
更新
2013/10/25   10:30
テキスト
文/岡村詩野


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ライター・岡村詩野が、時代を経てジワジワとその影響を根付かせていった(いくであろう)女性アーティストにフォーカスした連載! 第17回は、恋人が結んだ縁を味方に、名盤と言える自身唯一の作品を残したペギー・リプトンを紹介します!



ポール・マッカートニーのニュー・アルバム『New』が、日本のマーケットでも大ヒットというニュースに日々驚かされています。ポールのアルバムが(あくまで日本国内で)TOP3入りを果たしたのは82年作『Tug Of War』以来31年ぶりとのことで、オリコン初登場2位は自己最高位だそう。31年の間にも多くの作品を発表してきているのに(しかも、優れた作品が数多くあったというのに)、ここにきて新作が極端に大きな話題になるというのは少々気持ち悪いというのが本音だったりします。とはいえ私自身、どれか一枚と言われれば、すべての楽器演奏を一人で行なったホーム・レコーディングの元祖的なファースト・アルバム『McCartney』(70年)を真っ先に選ぶという(歪んだ)ポール・ファンなんですが。

さてさて、ポールは女性関係のほうも老いてなお盛んで、2年ほど前に再々婚をしたことでも話題になりました。98年に癌で亡くなった最初の妻、リンダ・マッカートニーとのおしどり夫婦ぶりは有名でしたが、とりわけそれより以前、ビートルズ時代はかなりやんちゃをしており、ジェーン・アッシャーとは婚約までしておきながら破棄したことも。愛妻家として知られるポールも若い頃は人並みに暴れん坊(!?)だったのでしょう。そんなビートルズ時代にポールのガールフレンドの一人だったのが、今回ご紹介するペギー・リプトンです。

ペギーは46年、NYで弁護士の父とアーティストの母の間に生まれました。ユダヤ系アメリカ人として豊かな家庭で育った彼女は、15歳の時に両親の勧めでモデル・エージェントに所属し、演劇の勉強も開始。64年、西海岸へ転居した彼女は19歳の頃にTVショウに出演したことを皮切りに、あの「チャーリーズ・エンジェル」でお馴染みなジョン・フォーサイスの番組や数々のドラマ、ヴァラエティー番組に出演します。ポールと知り合ったのもこの頃で、恋に落ちた2人はポールがジェーン・アッシャーと婚約してからも関係を続け、ポールも堂々と多くの現場にペギーを伴って現れていました。しかしながら、ポールがリンダと結婚をしてからは、ザ・フーのキース・ムーン、さらにはエルヴィス・プレスリーなどと次々に浮き名を流し、74年には後にマイケル・ジャクソンを手掛ける人気プロデューサーのクインシー・ジョーンズと電撃結婚。2人の娘を儲けて幸せな暮らしをしていると思われていましたが、86年に別居。90年に離婚しています。そして、離婚前後から女優業を復活させ、90年代初頭には映画「ツイン・ピークス」に出演し、いまなおバリバリと活動中……と、なかなかにしたたかな人生を送っているというわけです。

クインシーの元妻で女優、と一般的に認識されているペギーが、実は22歳の頃に歌手としても作品を残していることはあまり知られていません。ちょうど彼女が人気TVドラマ「モッド・スクワッド」に出演していた頃の68年に、オードから発表された自身唯一のアルバム『Peggy Lipton』。気品溢れるジャケットのポートレートを見ただけでペギーの可憐な魅力が伝わってきますが、まるで当時の西海岸サウンド~ソフト・ロック路線をそのまま採り入れた作風はいま聴いてもとても新鮮です。長らく廃盤だったため中古市場ではかなり高騰していましたが、つい先頃日本で待望のCD化が実現しました。

プロデューサーは当時の恋人だったと言われるルー・アドラー。そう、50年代から70年代にかけてのウェストコースト・シーンを担ってきた最重要人物です。ハーブ・アルパートとソングライター・チームを組んでシーンに登場、その後も裏方としてジャン&ディーン、ママス&パパス、グラスルーツなどなどを手掛け、さらには作曲家としての才能を発揮していたキャロル・キングを自作自演歌手として送り出した張本人。そんなルーがペギーをバックアップして制作したのが『Peggy Lipton』でした。ハル・ブレイン、ラリー・ネクテル、ジョー・オズボーンらズラリ揃った西海岸のセッションマンは、ルーの鶴の一声で集まった面々。またキャロル・キングが約半数の曲のソングライティングを担当し、さらに驚かされるのは2曲がローラ・ニーロのカヴァーということです(他にペギー自身がペンを取ったオリジナル曲もあり)。なかでもシングル・カットされた“Stoney End”は後にバーブラ・ストライサンドも取り上げて大ヒットしている代表曲で、バーブラやローラ本人にはないうららかな歌唱が魅力。実際に、実力派セッションマンたちの卓越した演奏のみならず、マーティ・ペイチが手掛けたストリングス・アレンジ、黒人コーラス・グループのブロッサムズによるハーモニーが、素朴な風合いのヴォーカルのバックで見事な奥行きを作っており、西海岸ポップス~ソフト・ロックの裏名盤と言ってもいいのではないかと思います。

当代の実力派女性シンガー・ソングライター2名が競うように曲提供――日本で言えば、矢野顕子と松任谷由実による曲をひとつのアルバムに収め、自作のナンバーも負けじと披露するアイドル……みたいなイメージなのかもしれませんが、なかなかそんなに恵まれた人って思い浮かびませんね。

それにしても、かつてロックスターと恋に落ちた女性はしたたかです。ミック・ジャガーと恋に落ちたものの、ドラッグやアルコールなどで一度は生死の淵を彷徨ったマリアンヌ・フェイスフルといい、このペギー・リプトンといい、そしてオノ・ヨーコといい……みんな名家のお嬢様というのも特徴ですね。ロックスターの恋人になることが許されるのは育ちのいいお嬢様だけだったそんな時代。ペギーもまたそんな時代が生んだヒロインの一人だったのかもしれません。



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