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Tigran Hamasyan『Shadow Theater』

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o-cha-no-ma LONG REVIEW
公開
2013/11/13   10:00
ソース
intoxicate vol.106(2013年10月10日発行号)
テキスト
text : 若林恵/日本版『WIRED』編集長


寓話から影の劇へ。アルメニアの天才が描く、21世紀のフォークロア

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シガー・ロスはとりたてて好きなバンドではなかったのだけれど、たまたま生で観るチャンスがあって観てみたら、なるほど感動させられた。演奏がとりたててすごいわけじゃない。バンドの頭脳であり声であるヨンシーのヴィジョンに魅せられたとでも言おうか。同行した知人と語ったのは「ぼくらには見えていない景色が見えてる」感じがしたということだった。未知の景色を彼は描き出し、ぼくらは問答無用にそこに吸い込まれる。魔法という言葉がこれほどふさわしい音楽もない。

アルメニアの天才(と断定していいだろう)音楽家(ピアニストと限定するのはよしておこう)、ティグラン・ハマシアンの最新作『Shadow Theater』を聴いて、ぼくはすぐさまヨンシーを思い浮かべた。アイスランドとアルメニア。ヨーロッパの辺境が生んだ異端の幻視者は、土着の幻想を21世紀の多種多様な音楽的コンテキストと紡ぎ合わせ、ジャンル分け不能な音響イリュージョンを織り上げる点で共通する。ティグランの演奏は較べればはるかに技巧的で演奏もはるかに緻密ではある。東欧的とも異教的とも言えるフレーズが、デスメタルバンド、メシュガーに学んだという複雑怪奇なリズムと出会う無理無体なアイデアは、しかし単なる技法上の面白みには終わらない。この人の手にかかると、それは(ヨンシーの音楽がそうであるように)まるで未来から届いたフォルクローレのように響く。

メジャーデビューを果たした前作はソロピアノを中心としたものだった。インストメインの作品ではあったが、そこにはすでにイリュージョニストとしての片鱗が随所に見られた。前作を「寓話」と名付けた彼は本作を「影の劇」と名付ける。ピアノの語りで遠い世界へとぼくらを連れ去った前作を拡張し、女性ヴォーカルを含むクインテットの参加によって強靭な身体性を得たティグランのヴィジョンは劇へと昇華される。見始めたら最後まで席をたつことはできない。未知なる遠い景色の虜に、ぼくらはなる。



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