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映画『バックコーラスの歌姫たち』

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公開
2013/11/15   10:00
ソース
intoxicate vol.106(2013年10月10日発行号)
テキスト
text :天辰保文


マイケル・ジャクソン、ミック・ジャガー、スティーヴィー・ワンダー…。
音楽界のレジェンドたちを、名前をクレジットされることもなく支え続けてきたバックシンガーの知られざる成功と挫折を描く、心揺さぶる珠玉のドキュメンタリー。



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© 2013 Project B.S.LLC



すべての歌い手たちへ。必見!

映画のタイトルは、『バックコーラスの歌姫たち』、つまり、スターたちの影でバックコーラスをしている女性歌手たちを題材にしたドキュメンタリー映画だ。ポップ・ミュージックが好きなファンには、必ず、何処かで耳にしたことのある歌声だが、彼女たちが、新聞や雑誌などのメディアで話題になることはないし、テレビのワイドショーで取り上げられることもない。その昔は、レコードに名前さえ載せてもらえなかった、ほとんどの場合は、見過ごされてきた日陰の存在でもある。

映画の中でもそのエピソードが出てくるが、例えば、ローリング・ストーンズの《ギミー・シェルター》を頭の中で響かせてみて欲しい。ミック・ジャガー、キース・リチャーズの二人と、堂々と張り合うソウルフルなメリー・クレイトンの歌声が、二人を煽るような彼女の歌声がなければ、あの歌はどれほど味気ないものになっていただろうか。

しかも、こういう人たちこそ、映画の題材としては面白い。人気スターが成功していく物語も面白いが、こうやって、スポットライトからはみ出したところで歴史にかかわってきた人たちの物語のほうが、人の心を動かす力がある。少なくともぼくは、歌手に限らず、スターのバックで楽器を奏でたり、スタジオで機材を用意したり、日々黙々と何処かのスタジオやステージで働く、こういう名もなき人たちの物語に興味を注がれる。

監督は、『リスペクト・ユアセルフ──スタックス・レコード・ストーリー』や『ハンク・ウィリアムズ:ホンキー・トンク・ブルース』など、音楽のドキュメンタリー作品を多く手掛けてきたモーガン・ネヴィル。映画の幕開けからして、この人は、音楽の、レコード盤に秘められた悲喜こもごもをちゃんとわかっている人だと思えるような、誠実そうで、素敵な映像がしばらく続く。



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© 2013 Project B.S.LLC



アイク&ティナ・ターナーのバック・コーラスを務めていたアイケッツ、そこにいたクラウディア・リニア、レイ・チャールズからジョー・コッカーのバックで歌い、例の《ギミー・シェルター》のメリー・クレイトン、同じくローリング・ストーンズのバックで歌ったリサ・フッシャー、タタ・ヴェガ、グロリア・ジョーンズ等々。

彼女たちはもちろんだが、そのレコーディングにかかわったミック・ジャガーを含めてブルース・スプリングスティーン、スティング、シェリル・クロウ、スティーヴィー・ワンダー、ベット・ミドラー等々、彼女たちに支えられてきたスターたちが、インタヴューに答える形で登場する。

中でも、映画の中の軸となるのが、ダーレン・ラヴだ。ローリング・ストーン誌が選ぶ史上最も偉大なシンガー100人に選出されながらも、ほとんど檜舞台に上がることのなかった女性だ。それと言うのも、フィル・スペクターがその実力を認めてバックコーラスに使うが、彼女が世間にでるのは妨害した。1962年の全米ナンバーワン・ヒット、クリスタルズの《ヒーズ・ア・レベル》も、実はダーレン・ラヴを中心とする3人の女性たち、ブロッサムズが歌っていた。

エルヴィス・プレスリーからフランク・シナトラ、ビーチ・ボーイズまで、数多くのヒット曲で歌いながらも、そうしたフィル・スペクターとの確執もあって音楽界から引退する。掃除婦の仕事をやっていた時期もあるが、音楽界に復帰し、映画の中では、ブロッサムズの仲間たちと30数年ぶりに再会、一緒に懐かしのコーラスを披露する一幕も。



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© 2013 Project B.S.LLC



こうやって、音楽の現場から離れていた人もいれば、結局、諦めて教師になった人もいる。これをきっかけにソロとして光を浴びるようになった人もいる。歌うという行為そのものが大好きで、それを続ける人もいる。マイケル・ジャクソンに才能を見出され、ツアーに同行する予定が、彼の急逝という悲運と、追悼式での熱唱が認められてソロにという幸運との両方に見舞われたジュディス・ヒルのような人もいる。いろんな運命がある。歌がうまいからと言って、誰もがスターになれるわけでない。そこが、ポップ・ミュージックの神秘というか、面白いところだ。ギターがうまいからと言って、誰もがエリック・クラプトンになれるわけではないのと同じように。スターになれる人と、なれない人、またならない人、そこにはどういう線が引かれているのか。

ブルース・スプリングスティーンは、そのあたりについてこう語る。

「数歩の距離だけど難しい。バックコーラスからメインの位置にくるにはね」と。確かに、ステージでは、中央でスターが歌うメインマイクから、バックコーラスの彼女たちまでは、距離でみれば遠くはない。10メートルもない。しかし、そこには計ることができない、決定的な差がある。気が遠くなるほど遠いのだ。だから、映画のオリジナル・タイトルは、『20 FEET FROM STARDOM』。それでも、今日も何処かのライヴ会場で、何処かのスタジオで、彼女たちのような人が、マイクに向かっていることを想像すると、ぼくは切なくもなるが、それ以上に素敵な気分になる



映画『バックコーラスの歌姫たち』
監督:モーガン・ネヴィル
出演:ダーレン・ラヴ/メリー・クレイトン/リサ・フィッシャー/タタ・ヴェガ/クラウディア・レニア/ジュディス・ヒル/ブルース・スプリングスティーン/スティング/ミック・ジャガー/スティーヴィー・ワンダー/ベット・ミドラー他
配給:コムストック・グループ (2013年 アメリカ 90分)
© 2013 Project B.S.LLC
http://center20.com/
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