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サー・サイモン・ラトル(指揮)ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 『モーツァルト:歌劇「魔笛」KV620』『J.S.バッハ:マタイ受難曲BWV244

カテゴリ
o-cha-no-ma LONG REVIEW
公開
2013/12/20   10:00
ソース
intoxicate vol.107(2013年12月10日発行号)
テキスト
text : 木幡一誠


ラトル_A



「BERLINER PHILHARMONIKER」の映像作品、新規取り扱い開始!

 ベルリン・フィル(BPO)のメディア戦略がさらに本格化してきた。自主レーベルから新たに2つの映像作品をDVDとBlu-rayでリリース。それが単なる演奏会の記録ではなく“舞台”を伴う点をとれば、単独のオーケストラが世に問う企画としては先駆的な試みといえるものだろう。

『マタイ受難曲』は2010年4月にベルリンのフィルハーモニーで収録。ワインヤード型のホールを巧みな手腕で劇空間に変容させたピーター・セラーズの“演出”は一見に値しよう。2群の合奏体からなるオーケストラをアーチ状に配し、中央のスペースは独唱陣が歌い演じる場所と化す。冒頭場面ではまず合唱がオーケストラの前にたむろする群衆として配され、第1曲が鳴り響くうちに楽員の脇を移動しながら持ち分の席に着く。その後の彼らがこなす所作まで含めて、合唱がイエスをめぐる事件の見物役でもあり当事者でもあるという作品の本質を見据えた措置だ。

この辺までは普通。しかし福音史家(マーク・パドモア)をイエス(クリスティアン・ゲルハーヘル)と同一人物に見立てる“読み直し”は大胆もいいところ。それもステージ上にいる福音史家に対し、ホールのバルコニー席に陣取ったイエスが自己注釈をつける形でストーリーが進行していくのだ(ちなみにイエスに女が香油を注ぐくだりでパドモアに寄り添い、頭を優しくかき抱くのはマグダレーナ・コジェナー。その名前が“マグダラのマリア”を連想させることまで計算したキャスティング?)。重層的な意味合いを与えられた空間で、ひとつの受難劇における見るものと見られるもの、さらには聞くものと聞かれるものの関係性を炙り出すのがセラーズの意図だとすれば、スター・プレイヤー集団として“見る”価値の高いBPOまで、そこに巻き込んだ上での演出効果もしたたかな計算のうちか。フルートのエマニュエル・パユやオーボエのアルブレヒト・マイヤーが、ときには場所も移動して歌手に寄り添いながらオブリガート・パートを吹く姿の妙味。そしてサイモン・ラトル指揮するオーケストラの、古楽的な音の処理法を“演じる”フレージングの機微と、その随所に漂う自意識の蠢きまで、上記の関係性の枠内に面白い居場所を見出している。

かたや2013年4月にバーデン=バーデン祝祭劇場で収録された『魔笛』。イースターを過ごす場所をザルツブルクから“転居”させたBPOが取り組む初のオペラだ。ラトルのモーツァルトは、ハイドンを振るときほど細部の“仕掛け”や“作り込み”がうまくハマらない傾向にあるのは確かなのだけど、個々のシークエンスが短めの歌芝居にピリッとスパイスをきかせながらストーリーを進める点では奏功しているともいえる。

ロバート・カーセンの演出は夜の女王を偽の悪役として扱い、ザラストロと彼女が最初から同じ集団に身を置いて結託し、パミーナとタミーノを人間として成長させるため試練を与えるという筋書きに“読み直した”もの。悪者たちが地獄落ちする設定で書かれた終幕の大詰めは「どうするんだ……」と見ていて心配になるが、それもモノスタトスの洗脳(?)を解くための一芝居らしく、最後は全員が独り立ちを遂げた人間の象徴としての笛を手にしながら和気藹々と讃美の合唱を歌って大団円。なるほど。タミーノというヘタレの王子が大蛇に追われて失神し、そこに登場するのが豊満なる3人の美魔女というのは(性的な含みにおいても)ありがちな設定だが、その侍女たちがアニク・マシス、ナタリー・シュトゥッツマン、そしてコジェナーという贅沢な布陣。夜の女王に仕える侍女の存在感を重視した演出にはビジュアル的にも適った配役だ。主役の2人(ケイト・ロイヤルとパヴォル・ブレスリク)の清新な歌唱とのバランスもとれているが、全体を通じて(ヘソ出しの衣装で真の姿を見せるパパゲーナまで含めて!)女声陣の優位が際立つ。つまりそれがラトルの 『魔笛』の世界観ということだろうか。

BPOの自主レーベルは今後CDのリリースにも乗り出すという。第1弾はラトル指揮するシューマンの交響曲全集を予定。楽しみに待とう。



LIVE INFORMATION


『ベルリン・フィル八重奏団コンサート』

○2014/1/27(月)19:00開演
曲目:R.シュトラウス(ハーゼンエール編曲):もう1人のティル・オイレンシュピーゲル/モーツァルト:ホルン五重奏曲 変ホ長調 K.407(ホルン:シュテファン・ドール)/シューベルト:八重奏曲 ヘ長調 D803
会場:東京オペラシティ コンサートホール

○2/1(土)14:00開演
曲目:R.シュトラウス(ハーゼンエール編曲):もう1人のティル・オイレンシュピーゲル/モーツァルト:クラリネット五重奏曲 イ長調 K.581(クラリネット:ヴェンツェル・フックス)/シューベルト:八重奏曲 ヘ長調 D803
会場:横浜みなとみらいホール

http://www.japanarts.co.jp/

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